おかえしはさくらまん




 早乙女乱馬十六歳。
 おれは今、かつてないほど悩んでいた――。



「乱馬? なにやってんのよ。帰るわよ?」
 靴箱の前でポケットの中を探っていたおれにむかって、同じ家に帰るあかねが先に靴を履いて声をかけてくる。
 だぁぁっ。わーってるってぇの。
 でもなぁ……。
 右手に握られた小さな硬貨は100円玉が一枚と50円玉が一枚。
 すっかり忘れてたぜ。今日という日を。
「ねぇねぇ。帰りコンビニに寄らない?」
 三月中旬だというのに、雪でも降りそうな空を見上げて、あかねが自らの両手に息を吹きかけつつおれを見上げる。
「お、おう……。そっだなー」
 右手のポケットの中にある二枚の硬貨を握り締めたまま、おれはなんとなくひきつった顔であかねに応じる。
 コンビニ、コンビニ……。
 あそこなら何かあるかもしれねぇ。
「それにしても寒いねーっ。三月とは思えないよね」
 そう言いながら隣を歩くあかねのつむじを見ながらおれは先月のことを思い出す。

 二月十四日、バレンタインデー。
 クラスの奴らに散々からかわれた挙句、校内であかねから渡されたチョコは全然別の女の子からのものだった。
 べ、別にあかねからのチョコが欲しかったってわけじゃねーけどよっ。
 でも、あれだけ期待させといて、それはねーんじゃねぇの? って軽く凹んでいたおれに向かって、あかねは帰りに道に小さなハート型のチョコをくれた。
 いや、ほら、別にいらねぇんだけど。
 でも、やっぱりうれしかったっちゅーか、なんっちゅーか……。
 で! 忘れてたんだよ、ホワイトデーっていう存在を!
 折りしも今日は三月十四日。
「……」
 隣にいるあかねを見下ろして俺は小さくため息をつく。
 学校に着くまですっかり忘れてたおれもおれだけど、でも全くそんなそぶりを見せねぇあかねもあかねじゃねーのか?
 むしろ、コイツ、今日がホワイトデーだってこと、忘れてんじゃねーの?
「あーっ! 見てみて乱馬っ! 新発売で『さくらまん』だってっ」
 コンビニが見えてきたところで、あかねがうれしそうに入り口に立っているのぼりの文字を読む。
 どうやら、中華まんの新しいメニューが登場してるらしい。
 ったく、マジで忘れてるな。この感じは。
「さくらまんっていうことはー…、やっぱり桜餅が入ってるのかなぁ?」
「さーな」
「食べてみたーいっ! でも今月はピンチだからなー」
 悔しそうにそう言ってから店内に入っていくあかねに続いて店内に入ったおれは、レジの横に設置されている中華まんスチーマーの文字をチラリと見る。

『さくらまん 一個 150円』

 おれの右手には150円の現金。目の前にはあかねが食べたがっている一個150円のさくらまん。
 よっし! これなら買えんじゃねーかっ!

 菓子コーナーをウロウロしているあかねに気づかれないように、おれはこっそりとレジでそのさくらまんとやらを一つ購入する。
 レジの店員が渡す時に、桜の葉のにおいがふわっとおれの鼻をくすぐる。
 うん。うまそうじゃねーの?
「あれ? 乱馬ってば何買ったのよ?」
 菓子コーナーを物色し終えたあかねが、のど飴を手におれの手元を見る。
「なんでもねぇよ。さっさとレジ済ましてこいよ。それだけだろ? 買うの」
「うん。さくらまんが気になるんだけどねー。でも、今月はちょっと無駄遣いしちゃったから、今日は我慢かな」
 そう言ってにっこりとわらってから、あかねはすばやく会計を終わらせる。


「うっわーっ! やっぱりさむいーっっ!!」

 コンビニの扉を開けたところで、あかねはそう叫んで先ほど買ったのど飴をかばんに仕舞う。
 まだまだ冬の冷たさが残る風があかねの短い髪をなでていくのをぼんやりと見つめてから、俺はおもむろに右手にぶら下がっていた小さなビニール袋をあかねに押し付けた。

「やるよ」
「え? なんで?」
「なんでもいーだろっ。さっさと受け取れよ」
「何よ? 今コンビニで買ったやつじゃない?」
 そう言いながら、おれから袋を押し付けられたあかねは、ゴソゴソと袋の中を探る。
 と、ピンク色の皮で包まれた大きなさくらまんがあかねの手のひらの上に現れる。
「あれ? これって……」
「さくらまん」
「うん。それはわかるんだけどね。でも、なんで? 乱馬がおごってくれるだなんて珍しいじゃない」
 きょとんとしたまま、ふかふかのさくらまんを手に、あかねはおれをじぃーっと見上げる。
 え? ここまでやっても気づかねぇのか?
 マジで完全に忘れきってんのかよ。
「ほら、あれだよ。先月の……」
「先月の?」
 きょとんとしたまま、おっきな瞳を上に向けてあかねは少しだけ考えるそぶりを見せる。
 そして、やっと思い出したのか、その表情が一気に明るくなる。
「あーっ!! べ、べつにいいのに……」
「いや、ほら、一応こういうのって、返すもんだろー?」
「え? あ。う、うん。そーね」
 おれとあかねの間に流れる空気が気まずくなって、おれはそう呟いてあかねから視線をそらす。
 うっわ。なんだこれ。なんかすっげぇ恥ずかしくねぇか?
「べ、別に好きだとかそーいうんじゃねーからなっ。純粋にお礼だよ、お礼」
「なっ……なによっ! そんなこと言われなくたってわかってるわよっ」
 おれの言葉に少し赤くなった顔でそう言い返してきたあかねは、そこで言葉を止めて手の中のさくらまんを見る。
「でも……ありがと」
「お、おう」
 おれの言葉を聞いたあかねは、さくらまんを手にうれしそうに笑う。
「あ、あのチョコ、おいしかった?」
「へ? あ……ああ。うまかったぜっ」
 にっこりと笑顔のまま先月のことを思い出したように口にするあかねに向かって、おれは小さな嘘をついてしまった。

 先月、二月十四日に手に入れた小さなハート型のチョコレート。
 あかねからはじめてもらった小さなハートは、実はまだ食べずにこっそりと隠している。
 うれしそうな顔をしてさくらまんにかぶりつくあかねの横顔を見ながら、おれは思わず笑顔がこぼれそうになった。
 ら、来年こそはもーちょっとマシなもんを用意してやりてぇなぁ。


 珍しく素直な気持ちで、おれはぼんやりとそんなことを考えていた。








 またもや突発的。ほんとはもっと短くするはずだったのに、なぜだかうだうだとこんな量に。
 しかも、突発的に書いたから、話の組み立てとかぐちゃぐちゃ。いかんなぁ。
(06/03/14)





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