3.汗ばんだ手






あっちぃ…。
ったく、ついてねぇよな。買出しなんてよ。

「アイスが食べたい」

夏休み、天道家茶の間で突然誰かがこう言い出した。
んで、買出し係を決めるじゃんけんして…負けたのがおれと…。

「暑いわねー。まったく、みんなわがままなんだからっ」

隣でぶつぶつ言いながらかすみさんの財布を手に歩いている許婚だ。

「それじゃあ、よろしくね」

と笑顔でかすみさんに送り出されたおれとあかねは、駅前商店街へ向かってアイスを買いに行く羽目になったってわけだ。
ったくよー。あかねじゃねーけど、わがままだよなー、みんな。

「ねぇ乱馬?駅前まで行かなきゃアイス売ってるとこないかなぁ?」
「んあ?ねーだろ。近くにコンビにでもあればいいんだけどな」
「だよねー。この暑い中駅前って…結構遠いよね」

まぁ、な。
確かに暑いしよ。遠いよな、駅前までは。
しかも、昼飯食ったとこだから…1日でいっちゃん暑い時間帯だしな。
…でもよ。


ひさしぶりじゃねーか?こいつと2人で歩くのって…。


学校があるときは毎日一緒に登校してるから気づかなかったけど…。
うちにいると意外と2人っきりになる時間ってねーんだよな。
どこで誰が聞き耳立ててるかわかんねーし。

そう考えると、駅前までの道のりが遠いのって…結構嬉しいかも。
…暑いのが玉にキズだけどよ。

「どーしたの?乱馬」

ふと気づくと、フェンス下から不思議そうな顔でおれを見上げるあかねと目が合う。
あ…。なんかおもわず考え込んじまってた。

「いやぁ…あちいなーって思ってよ」
「ほんとねっ。どっか涼しいトコにでも遊びに行きたいよねー」

おれの気持ちを知ってか知らずか…、あかねのやつ、そういうととびっきりの笑顔をおれに向ける。


…うーん。ダメだ。
こいつって、ほんとに笑顔がかわいいよな…。
んなこと、ぜってー口には出せねぇけどよ。

「乱馬?何固まってんの。暑すぎて倒れそう?」

あかねの笑顔に思わず見とれるおれに、フェンスの下の許婚は相変わらず見当違いなことを聞いてくる。

ほんっとに鈍感だよな。こいつ。
まぁ、それで助かってることもあんだけどよ。

「いんや。なんでもねー…よっと」

そうつぶやきながら、おれはフェンスから飛び降りる。
久しぶりの2人の時間だもんな。
せっかくだから、並んで歩こっと。

「へーんな乱馬」

並んで歩くつもりが、やっぱり照れくさくってあかねの少し前を歩くおれ。
そんなおれの背中から、あきれたような許婚の声が聞こえる。

「うるせぇよ」
「なによ」
「なんだよ」

…やばい。せっかく久しぶりに2人っきりで歩いてんのに、いつもの口げんかが始まっちまう。
だいたい、こいつも意地っ張りだからなー。
って、おれも人のこと言えねぇんだけど。

そういや、まともに手も繋いだこともねーんじゃねぇの。おれらって…。
一緒に歩いてるときも、おれがいつもフェンスの上とか塀の上とかにいるもんなぁ。

…久しぶりだし、ここはひとつ、手でも繋いでやるか。

突然そう思ったおれ。
何気なぁーく後ろにいるあかねに向かって右手を突き出すも…。

「ほんと、乱馬って時々行動変だよね」


…気づいてくれねぇ。
はぁ。本気で鈍いぜ、この女。


「乱馬?手と足が一緒に出てるわよ?」

脱力しきったおれに、あかねのやつはさらに追い討ちをかける。

「あのなぁ!いいかげんに気づけよっ!!この鈍感女っ」
「なんですってぇ!?誰が鈍感女よっ!このいいかげん男!!」

振り向いて文句を言ったおれに、相変わらず打てば響く勢いで返事が返ってくる。
こういうのも、「あ・うん」の呼吸って言うのか?

「なっ…!おれのどこがいい加減なんだよっ!」
「どこもここも!ぜーんぶよっ!ほんっとにいいかげんなんだからっ!」

…はぁ。なんでこーなるんだよ。
ただでさえ暑いのに、こんな道のど真ん中でけんかしてたらもっと暑くなるじゃねーか…。

「あのよぉ。おれら、なんでけんかしてるんだよ?」
「え…?あら、ほんとね。なんでだっけ?」

おれの言葉に、きょとんって感じの顔になってあかねが笑う。
ったく…。
結局、この鈍感女には口で言わなきゃわかんねーってことかよ。
…おれが言うのかよ?

「…はぁ」
「何よ。そのため息」
「え…?何でもねぇよっ。…ん」
「え?」

仕方なく、おれはあかねにもわかるようにはっきりと自分の右手をあかねに差し出す。
まさかとは思うけど、握手とは思わねぇだろ。いくらなんでも。

…思わねぇ…よな???

「あ…」

しばらくきょとんとしてたあかね、やっとわかったのか、そっとおれの右手に自分の左手を添える。
思ったより小さいあかねの手を、おれの掌がしっかりと包む。

ちっちゃくって、やわらけぇ…。
なんでこいつって、こんなに華奢なんだ?
口開くとがさつなのに…こういうところはちゃんと「女の子」なんだよなぁ。


…暑いから、繋ぐの嫌だったか?


いざ繋いでから、自分の手が汗ばんでたことに気づいたおれ。
ちょっと不安になって右隣を見ると…。

「へへっ」

すんげー嬉しそうなあかねの笑顔が目に飛び込んでくる…。
その笑顔を見たおれ、またもや右手と右足が一緒に出ちまう。

だめだ、おれ、この笑顔にだけはぜってーに勝てねぇや。


でもま、いっかぁ。
この笑顔を受け止めているのは、今はおれ一人なんだからな。








うーん…。
最初にこの乱あのやり取りが浮かんだときは、ラストが違いました。
書いているうちに、何故かこうなっちゃったのですが…。
おっかしいなぁ。
ちょっと、原作より素直な(?)乱あです。
私にはコレが精一杯かも?



(05/08/04 作成 ブログにて発表済み分  05/09/16 加筆修正)





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