愛と涙のトンカツ作り






「え?かすみさんが風邪?」
「それでかすみおねえちゃん大丈夫なの?」

 ぎっしりと6時間の授業を受けて帰ってきた早乙女乱馬と天道あかねは、玄関先でアイスノンを片手に持つ天道家次女なびきからそのことを聞かされる。
 先に学校から帰宅していたなびきは、二人のその言葉に神妙にうなずく。

「うん。微熱みたいなんだけど…一応大事を取って横になってるわ」

 それだけ言ってかすみの部屋へとアイスノンを持っていくなびきに続いて、乱馬とあかねも2階にあるかすみの部屋へと向かう。

「かすみぃぃぃ〜っっ!!大丈夫かぁ〜っっ!!かすみぃぃぃ〜っっっ」
「おとーさん。私は大丈夫よー」

 かすみの部屋では、天道家の主であり父でもある早雲が涙ながらにかすみのベットの脇に座り込んでいる。
 その光景は、以前かすみが夏風邪をひいた時とまったく同じだ。

「おねえちゃん、大丈夫なの?」
「あ、あかね、乱馬くん。おかえりなさい。大丈夫よ。おとーさんが大げさなだけだから」
「そうよ。ちょっと微熱があるだけだから、あんたたち心配しないで大丈夫」

 はいはい、ちょっとおとーさんどいてね。
 なびきはそういって父親をベットから追いやってかすみの額にアイスノンを乗せる。

「かすみおねえちゃん、ほんと?」
「ほんとよ。ちょっと横になれば大丈夫。お夕飯は作るわね」
「かすみぃ〜。そんなことは気にせんでいいから寝てなさいぃぃぃ」
「そうよ。夕食ならあたしが作るから」

 ピタリ。
 あかねが発したその一言で、その場にいたあかね以外の人間が硬直した。
 たった一言で周りの人間を硬直させるあかねのこの一撃は、メデューサの石化にも相当する威力である。

「や…やっぱり私が…ごほごほごほっ」
「かすみぃ〜っっ。無理はいかぁ〜んっっ。出前をっ!出前を取るからっ!!」
「そっ…そうねっ!私電話してくるわ。何がいいかしら?」
「三丁目のラーメン屋が新装開店で半額セールをしておると聞いたよ、なびきちゃん」
「んじゃ、今夜はラーメンで決定だな」

 らーめんらーめんといいながらかすみの部屋を出ようとした天道家(居候含む)の面々の背後に、強烈な殺気が突き刺さる。

「…ちょっとぉぉぉっ??どーいうことよっ!!」
「そりゃーおめーがいっちゃん知ってるだろーがっ!!」

 一番捕まえやすい位置にいた乱馬の腕を掴んだあかねに、乱馬はけんか腰で言い返す。

「なによっ!!あたしだってお料理うまくなったもんっ!!乱馬は知ってるでしょーっ?!」
「…あー…」
「ねっ」

 あかねに詰め寄られた乱馬は、先日のあかねのおにぎりを思い出した。
 そういや…あれは確かに食えたよな。
 塩加減も普通だったし。
 中味のウインナーも、別に焦げてなかったしな。

 …でも待てよ。
 あの時はお袋が横についてたからできたんじゃねぇのか?
 それ以前に、あのおにぎりマスターするのにコイツ何日かかったんだよ。

「へぇ?乱馬くん、あかねの手料理食べたんだー?」
「ほんとかい?!ほんとにあかねは治ったのかね?!乱馬くん」
「あー…うー…」

 早雲に詰め寄られながら、乱馬は思わず言葉を濁す。
 アレは治ったうちには入らないような気はするが…。
 でもま、確かにちょっとはマシになったの…かも…しれねぇ…かなぁ。

「ねっ!それじゃぁ、夜ご飯あたしが作るねっ」

 そういって張り切るあかねに、残り一同は思いっきり嫌な顔をしていた。




 結局あかねの暴走を止めることはできず…。
 あかねをのぞく一同は、居間でひたすらあかねの手料理から逃れる術を検討していた。

「ちょっとー…。乱馬くん?許婚なんだからどーにかしなさいよ」
「っつったってよー…。あーなっちまったあかねを止められるやつなんかいるかよ」
「お前が止めなくて誰が止められるというのだ、ひとまず様子を見てこんか」

 玄馬のその言葉に、しぶしぶ居間を追い出された乱馬は、めらめらと燃える闘志を発している台所へと向かう。
 …案の定、あかねは台所のテーブルの上に様々な食材を並べて気合を入れていた。

「…おい、あかね?おめー…なに、作る気だ?」
「あ、乱馬。お腹空いたのー?ちょっと待ってね。今から作るから」

 そういってにっこりと笑うその顔は、これから起こりうる大惨事を頭に入れなければ天使のような微笑だ。
 ただ…これから起こりうることを考えた乱馬には、悪魔の笑いとしか感じられないが。

「いや…じゃなくてよ」
「え?何って…。何がいいかなー?お母さんの虎の巻取り出してきたんだけど」
「あー…。ソレ見て作るのかよ」
「そうよ?なんか文句あるの?」
「いや…ねーけど」

 あかねの手には、先日押入れから発見された、あかねたちの母親のお料理ノートが握られている。
 前回、このノートを元にあかねが作ったチャーハンらしきものを思い出して、乱馬は思わずげんなりとなった。
 確か…ネギが丸ごと突き刺さってたよな。
 イチゴらしきものが乗ってたし…。
 もちろん、味はありえない不味さだった。
 …アレの二の舞だけはカンベンして欲しいんですけど。

「何作ろっかなぁ〜。乱馬、何食べたい?」

 うきうきとお料理ノートをめくるあかねはご機嫌な様子で乱馬にそう問いかける。
 ここで乱馬が「おめーの手料理以外」などと言ってみようものなら、瞬時にこの場の空気は殺気をおびるにちがいない。
 しかも、以前あかねが一生懸命作ってくれたおにぎりを思い出すと、さすがの乱馬もそんなことは言えなかった。

 …あの時、一応ウマイっちまったしなー。

 自分のために一生懸命おにぎりを練習してくれた許婚を見て、乱馬は小さくため息をつく。

「…うーん」
「何よぉ?そーね、肉じゃがなんてどーかな?」
「…に…にくじゃが…?」

 それは果てしなく危険だ。
 基本的に、細かな味付けが必要となる煮物類は絶対に食えなくなること間違いない。
 煮物の味付けにはありえないような酢だとマヨネーズだのが入ることが容易に想像できるからだ。

 乱馬は異常に酸っぱい肉じゃがを想像して、一気に食欲が減退していくような気がした。
 もっと…こう、味付けをあんまりしなくていいような料理は…。

 そう考えながら、あかねから奪ったノートをパラパラとめくっていた乱馬は、あるページに目を留める。

『調味料 塩コショウのみ』

「…あ!!そっ…そうだ!!おれ、トンカツが食いてぇなぁ〜」
「トンカツ?えー…簡単すぎない?」
「いやっ!!やっぱり肉だろ?!なっ」

 ばっかやろぉ。簡単じゃねぇとぜってーに食えねぇシロモノができあがるだろーがっ!
 トンカツでも食えるかわかんねーけどよ…。

 そんなことを考えつつ、乱馬はノートのトンカツのページを開いてあかねに渡す。

「んじゃ、トンカツってことでよろしく頼むぜっ」
「うーん…そぉ?んじゃがんばろっかなー」

 そう言いながら、あかねは冷蔵庫から肉を取り出す。
 そして、おもむろにまな板の上に乗せて大きな音をたてて切っていく。
 その手元、非常にあぶなっかしい。

「…つ…つけあわせのキャベツ、おれが切ってやるよ」

 台所から出て行こうとしていた乱馬は、あまりに危なっかしいあかねのその包丁さばきに、思わず手伝いを名乗り出てしまった。
 というか、以前あかねがにんじんを切る時に一緒にまな板を切っていたのを思い出したのだ。
 まな板入りのキャベツの千切りはカンベンして欲しい。

「えー?大丈夫よ?乱馬は向こうで待っててよ」
「まぁまぁ。おめーはトンカツに集中しろよ、な?」
「大丈夫だってぇ」
「いや…ほら。あ、そういやメシは炊けてんのかよ?」

 冷蔵庫からキャベツを取り出していた乱馬は、あかねの追求から逃れるようにご飯の話をあかねにふる。

「うん。さっき洗っておいたから後はスイッチ入れるだけよ。あ、乱馬入れておいてよ」
「お…おぅ…」

 ランプがついていなかったため炊飯器のフタをあけた乱馬の目に飛び込んできたのは、どう見ても計量したとは思えない量の水がなみなみと入っていた。

「…な、なぁ。米は何合炊いたんだ?」
「え?六合だけど…。少ないかなぁ?」
「いや…いいんだ。うん」

 豚肉と格闘しつつ返事を返してくれた許婚に対して、乱馬は小さくため息をつく。
 炊飯釜に注がれている水の目盛りは、あきらかに9〜10合のあたりだ。
 これでは、おかゆもどきの米が炊き上がること間違いない。

 乱馬はあかねがこっちを見ていないことを確認すると、こっそりと水の分量を減らす。

「できたぁぁっ!!で…次は塩コショウねー」

 そんな乱馬のかげながらの助力にはまったく気づかないあかねは、ばらばらな大きさに切った肉に、どばっという効果音がぴったりな量の塩コショウをふりかける。
 間違いない。あんなトンカツを食べたら確実に腎臓がやばいだろう。

「あかね…パン粉ってどこにあるんだよ?」
「えー?どこかなぁ…。ちょっとおねえちゃんに聞いてくるね」
「お…おぅ。頼んだぜ」

 その様子を目にした乱馬は、ひとまずあかねに肉の前からどいてもらい、分量外の塩コショウを叩き落とす。
 ついでに、ものすごいスピードでキャベツの千切りを用意する。

 とにかく、あかねの様子から目を離しちゃいけねぇ。
 これから揚げていくってことは、油を使うんだから…下手したら家が燃えしまうぜ。

「パン粉、この棚の中だってー」

 とたとたと戻ってきたあかねは、そういって戸棚からパン粉とかたくり粉を取り出す。

 …かたくり…粉?

「ちょっとまてあかね。おめー…それ何に使うんだ?」
「え?決まってるじゃない。トンカツの衣つけるためよ?乱馬知らないのー?揚げ物は小麦粉、溶き卵、パン粉の順につけるんだよー」

 そういいながら、あかねはトレイの中に手に持っていたかたくり粉をぶちまける。
 まぁ、見た目はそんなに大差ないからわからないかもしれないが、袋には確かに「かたくり粉」と書いてある。
 つくづく、乱馬はこの場にいてよかったと思いつつ、あかねの手からかたくり粉の入ったトレイを取り上げる。

「おめー…しっかり確認しろよ?これ、かたくり粉ってかいてあっぞ?」
「え?…あ…あれ?」
「…たのむぜ、おい」

 テーブルの上においてあった小麦粉をあかねに渡しながら、乱馬はしみじみとつぶやく。

「なっ…なによっ。ちょっと間違えただけじゃないっ」
「ちょっとだぁ?何いってんでぃっ。袋にでかでかとかいてるじゃねーか」
「それが見えなかったのよっ!」
「それぐらいしっかり見ろっつってんだ」

 だからいつまでたっても上達しねーんだよ!!

 勢いに任せて口から出たその言葉に、あかねだけでなく乱馬も驚く。

 しまったっ!!言い過ぎたっ!!

 慌てて両手で口を押さえるも、口から出てしまった言葉はもうもどせない。
 乱馬のその言葉を聞いたあかねは、一瞬傷ついた表情になって…下を向いて歯を食いしばる。

 握った両手のこぶしが震える。

 そして…。

「なによっ。どーせあたしはいつまでたっても下手よっ」
「いやっ…ほらっ…なんちゅーか…勢いで…」
「勢いって何よっ!悪かったわねっ!料理が下手な許婚でっ!!」
「いや…」

 目に涙をためて食いついてくるあかねの姿に、乱馬は思わず言葉を濁す。
 誰も悪いなんていってねーじゃねぇか。

「もー知らないっ!残りは乱馬が作れば?!」
「お…おいっ!あかね…」

 そういい捨てて、あかねは着ていたエプロンを乱馬に投げつけて台所を飛び出す。
 投げつけられたエプロンを掴んだ乱馬は、慌ててその後を追う。

「ちょっと待てよっ。あかねっ!」
「なによっ!!」

 玄関前でなんとかあかねの腕を捕まえた乱馬に向かってあかねは涙目で思いっきり睨む。
 その顔に思わずひるみつつ、乱馬はどうにか言葉を紡ぎだす。

「いや…ほら…トンカツ…」
「乱馬が作ればいいじゃない。あたしより全然料理上手なんだから」

 先日の料理対決で乱馬に負けたことを根に持っているのか、あかねはそういって乱馬の手を振り払おうとする。

「…おめーなぁ。女になったおれにまでやきもちやくなよ」
「やきもちなんてやいてないわよっ!」
「あのなー…」
「何よっ!」

 意固地なまでに乱馬の言葉を聞かないあかねに、乱馬は肩を落としてつぶやく。
 このまま「はいそーですか」であかねを離したらより一層ひどいケンカになることは目に見えているのだ。
 …ちょっと悔しいが、ココはやっぱり折れるべきなのだろう。

「…おじさんたち、晩飯まってるぞ?」
「乱馬が作りなさいよ」
「ムチャゆーなよ。おめーのメシのほうがいいに決まってるだろ?」

 乱馬のその言葉に、あかねは涙を引っ込めて乱馬の顔を見る。
 その表情は、少し…嬉しそうだ。

「…ほんと?」
「…あ…ああ」
「乱馬も?乱馬もあたしの作ったご飯のほうがいいの?」
「…あ…ああ…」

 この場としてはそう答えるしかないとわかっていても、乱馬は思わずあかねから視線を外してあいまいに返事をする。
 その様子にちょっといぶかしげだったあかねだが、「まいっか」とつぶやくと乱馬の手にあるエプロンを取る。

「仕方ないなぁ。んじゃ、続き作ろうかなー」
「…お…おぅ」

 ひとまず。
 ひとまずあかねの泣き顔を見ずにすんだので乱馬は思わず胸をなでおろした。
 しかし…これで余計な口出しはできなくなったわけで…。
 鼻歌なんぞ歌いながら台所へ戻っていく許婚の姿を見送って、乱馬は深々とため息をついた。

 ご飯とキャベツの千切り。そしてトンカツが焦げてなければ食べられるはずだ。
 …揚げる前に何か「隠し味」というものをしなければ、だが。




 そしてー…。

 食卓に並べられた真っ黒な塊を目の前にして、乱馬は激しく後悔していた。

「えへ。ちょっと焦げちゃったみたいだけど、味はばっちりよっ」

 さぁ召し上がれっ。

 語尾にハートマークでもつけそうな勢いでそう言ったあかねに、残り一同は思わず言葉を失う。
 これは…なんなんだろうか?
 揚げ物なのだろうが…真っ黒でもともと何を目指していたのかがよくわからない。
 付け合せのキャベツだけが、やたらキレイなのも謎である。

「…ご飯がおいしいわね」
「いや、ほんと。あかねが炊いたご飯はおいしいなぁ〜」
「付け合せのキャベツもうまいよ。あかねくん」
「あーっ!じじぃおれのたくあんとったなーっっ!!」
「知らんもんねーっっ!!乱馬はあかねちゃんお手製のおかずでご飯食べたらいいんじゃ」
「…じじぃ…てんめぇっ!!!」

 テーブルの中央に盛られたフライ物には手をつけず、一同はひたすら白いご飯とキャベツを食べ続けていた。

 その後…あかねの睨み一つでその場の全員がトンカツだったものを口に入れたのだが―。





 その後、天道家居間が地獄絵図と化したことだけ明記しておこう。







まー…なんちゅーかまとまらなくてごめんなさい。
…あかねちゃんのキャラが、ちょっと原作よりくずれてしまったかも?!ううー…。

当サイト初のキリリクでしたv
記念すべき2000打を踏んでくださったムーランさん、ありがとうございますっ♪
ムーランさんからのリクエストは、ワタシのお話の中の「あかねのお料理大作戦」の続編で、特訓をつんだあかねちゃんがお料理に大奮闘する…ということでしたので。
えーっと。
ええーっと…。
ぞ…続編になっていますでしょうか?
っていうか、特訓をつんだあかねちゃん…???
あ…あれ???
ネタを考えているうちに、どーしても乱馬くんに手伝ってもらいたくなっちゃったので…。
そして、気がつくと二人が勝手にケンカしちゃってましたー(涙)
当初の予定では、乱馬くんはこっそりとあかねちゃんの失敗をフォローするだけだったのですが…。

でもでも。
とっても楽しかったですーvv
ムーランさん、キリリクありがとうゴザイマシタ♪


どーでもいいですが、この題名はどーにかならなかったのか、自分…。

(05/10/20 作成)


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