庭先で蝉が鳴いている。 今年の夏の終わりを惜しむかのように。 「だぁぁぁっ!! ミンミンミンミンうっせぇなーっ」 そんな蝉の声にイチイチいちゃもんをつけているのは、あたしんちの居候で親同士が勝手に決めた許婚だ。 ……っていうか、いくら残暑が厳しいからって蝉相手にいちゃもんをつけるってどうなのよ。 ほんっと、コドモなんだから。 「乱馬ー。梨食べる?」 そんなことを思いつつ、あたしは台所でかすみおねえちゃんがむいてくれた今年最初の梨を手に縁側へと声をかける。 「あー……食う食うっ」 あたしの言葉にお下げを揺らしてこっちを見た乱馬は、だらしなく寝そべっていた体を起こして居間に入ってくる。 「あれ? みんなは?」 「お父さんは町内会の集まり。おじさまは道場でおじいちゃんとなんかやってて、かすみおねえちゃんは買い物。なびきおねえちゃんは……あれ? さっきまでここにいたんだけど」 家族の所在をズラズラと口にしているうちに、乱馬はさっさと梨を口に入れる。 あーっ!! なにさっさと食べてんのよっ。 「ちょっとっ! 人の話ちゃんと聞きなさいよっ」 「ひいてふひいてふってっ。……おっ! この梨めっちゃうめぇぞ」 「え? ほんと?!」 もぐもぐと口を動かす乱馬につられてあたしも梨を一口齧る。 と、途端に口の中に広がる甘い果汁。 「あー。やっぱ夏は梨だよなぁ」 「それを言うなら秋でしょ?」 ぼけてるのか天然なのかわかりかねる乱馬のセリフに小さく突っ込みを入れてから、あたしは庭先に目をやる。 そこには、まだまだ夏だと主張している強い日差しがさんさんと降り注いでいた。 「夏休み終わったのに、全然涼しくなんないね」 「そうだよなー。明日っからまた学校かよ。やってらんねぇぜ」 ミンミンと鳴き続ける蝉の声をバックに、あたしと乱馬は二人ぼんやりと庭先を眺める。 普段顔を合わせればケンカばっかりやってるあたしたちにしては珍しい空間かもしれない。 軒先に吊り下げられた風鈴が、涼しげな音色をあたしたちの元に運んでくれる。 それは、優しい音。 何気ない日常の中で訪れる、やさしい空間。 「そういえば、今年の夏も花火、行けなかったな」 風鈴の音色に耳を傾けていたあたしの隣で、乱馬がボソリと呟く。 花火大会? え? みんなで行ったじゃない。 「花火なら七月に行ったじゃない? ほら、みんなで」 「……」 おねえちゃんたち三人で浴衣を着て、近所の大きな花火大会に出かけたのをおぼえてる。 うん。あれはキレイだったなぁ。 え? 乱馬ってばそのこと忘れちゃってるわけ?! っていういか、なんでそんなに情けなさそうな顔であたしを見るのよっ! 「……ちげーよ。おめーと二人で行ってねぇなーって言ってんの」 「へ? は?!」 「ったく。ほんっとあかねは鈍感だよなぁ」 「なっ……なんですってぇーっ!!」 「鈍感女に鈍感っつって何が悪いんだよっ」 「あたしのどこが鈍感なのよっ!」 「どこもかしこも鈍感じゃねーかっ! このずん胴女! ……っと、ちげーんだよ。ついついいつものケンカになっちまった」 このままヒートアップするかと思われる口げんかを、乱馬は急ブレーキで止めに入る。 で、ゆっくりと息を吐き出して、梨を一口齧ってからコトバを続ける。 「ら、来年は……二人で花火、見に行こうぜ」 それは。 親同士が決めた許婚っていうだけの関係だったあたしたちが、ほんの少しだけ前に進みだした、そんな夏の終わりの一日の話。 当サイトラストの作品となりました。 こんなにたくさんの乱あ小説を書くことができて、私は本当に幸せでした。 最後はやっぱり、ほんのちょっとだけ積極的な乱馬くんに締めてもらいました。 きっと、二人の関係はこれからもずぅーっとこんなふうに続いていくんだと思います。 (06/09/11) 戻る |