ふわり、とたんぽぽの綿毛があかねの頭の上に乗っかる。 やわらかな春の日差しの中、ぽかぽか陽気に誘われるようにおれたちは河原の土手に来ていた。 「あ! 見てみて乱馬っ! かるがもの親子だよっ」 川のほとりにぷかぷかと浮かぶかるがもの親子を見て、あかねはうれしそうに笑う。 そんなあかねの笑顔を見て、おれはなんとなく嬉しくなる。 「なぁ、早く買い物行かなくていーのかよ」 あかねのそんな姿が嬉しいくせに、俺は心にもない言葉を口にする。 確か、かすみねーちゃんに買出しを頼まれていたはずだ。 「うん。そうだねー。でもせっかく気持ちいい陽気なんだもん」 もうちょっとここにいようよー。 あかねがそういってにっこりと笑う。 普段のあかねからは想像つかないほどの優しい微笑み。 「ま、そだけどよー」 あかねの言葉になんとなくうなずいて、おれは草むらに寝転がる。 ふわふわとたんぽぽの綿毛が飛んでいる。 見上げた空は見事な快晴。 もうすぐ夏がやってくる。 「今年の夏は――」 「ん?」 気持ちのいい陽気に、思わずおれはらしくない言葉を口走りそうになる。 やべぇやべぇ。なんだこれ。珍しく素直じゃねぇか。 っていうか、あかねが異常に素直だよな。 ん? なんだこれ? 「乱馬? 乱馬?!」 頬をなでる心地いい風に目を閉じていた俺の耳に、あかねの声がとびこんでくる。 なんだよ。買出しはまだいいんだろ? おめーがもうちょっとここにいようって言ったんじゃねーか。 「乱馬っ?! ちょっといい加減に起きなさいよっ!」 ぱちり。 開いた目の前にはいつもの天道家中庭。 そして、腰に手を当ててふてくされた顔をしている制服姿のあかね。 「あ……あれ?」 「何、ぼーっとしてんのよ。早く準備しないと遅刻するわよ?」 たんぽぽの綿毛もカルガモの親子もいないそこは、毎日見慣れた天道家居間。 あ、あれ? 「よくこの短時間でそこまでゆっくり眠れるわねー」 ぼんやりした俺の耳に、呆れきったあかねの声が聴こえてくる。 「もー……。先に言ってるわよ?」 「あ? ちょ、ちょっと待てよ」 そういえば、今日は朝イチでトレーニングしてたら変に時間が余ったんだっけ? で、朝飯食って……寝てたのか? おれ。 あわただしく廊下を歩くあかねの後ろをついていきながら、俺は大きくあくびをする。 なーんだ、さっきのは夢かよ。 どうりであかねが異常にかわいくみえたはずだぜ。 「相変わらずかわいくねぇよなぁ」 「なんですってぇ?!」 先に玄関の外に出たあかねに聴こえない程度の声でぼやいたはずなのに、思いっきり怒ったあかねが玄関から顔をのぞかせる。 「な、なんでもねぇよ」 「あっそ。春だからって寝てばっかりいたら体なまるわよ」 先に行くわよっ! と叫んで、かわいげのねぇ許婚は先に外に出る。 ったく、相変わらずだよなー。こいつは。 走り出したあかねの後姿を追いかけるように足を速めたおれの鼻先に、たんぽぽの綿毛がふわりとかすめてゆく。 それは、夢であかねの髪についていたものと同じもの。 優しい春の日差しを感じる瞬間。 今年の夏は、あかねと二人で過ごせる時間が持てるといいのにな。 珍しくがらにもねぇことを考えながら、ぽかぽかの春の日差しの下、あかねの斜め上の位置であるいつもの場所でおれはこっそりと笑った。 もはや突発的にしか書けないのかと首を傾げてしまうほど、またもややっつけ仕事です。 でも、最近はこういう短文を書くのが楽しかったり。 ちなみにありきたりですが「春眠暁を覚えず」ってことで夢のお話。 (06/05/13) 戻る |