年に一度の運試し


 1月1日元日。
 天道家御一行様は近くの神社へと初詣に出かけていた。


「なにも正月早々、んな朝早くに来ることねーんじゃねぇの?」
「新年だからこそ、みんなでそろって初詣に行くんじゃない。乱馬ってほんっとにそういう『情緒』っていうのがないわよねーっ」
「おめぇにだけは言われたくねーよっ」
 横を歩くあかねの呆れた声に、乱馬は新年一発目の憎まれ口を叩く。ついでにいつものように「かわいくねーなぁ」と言おうとして、思わずその言葉を飲み込む。
 いつもより少し歩幅がせまいため隣をチョコチョコと歩いている許婚は、目にも華やかな振袖姿だ。
 赤い振袖に白い毛皮の襟巻きをしているあかねは、誰が見ても間違いなく「可愛い」。
 それも、普段の五割り増しほどのかわいらしさだ。
 転ばないように前を見ながら歩いていたあかねは、突然黙りこくった許婚の様子に気づいて、斜め上に視線を向ける。
「何よ」
「へ? べ、別になんでもねーぜ」
 思わずあかねに見惚れていた乱馬はあかねのその言葉に慌てて前を向く。
 そして、ごまかすように話を強引に変えてみる。
「しっかし人が多いよなー」
「そりゃそうよ。今日は元日だもん」
 強引に話を変えられたことには気づかずに、あかねはそういってにっこりと笑う。白いふわふわの襟巻きの上にあるあかねの笑顔は、周りにいる全ての男を一撃でメロメロにしてしまうだろう。
 無意識のうちに思わず見惚れていた乱馬は、ふっと我に返ってあかねの笑顔から視線をそらす。
「だけどよー。なんでみんな正月っつーと神社に行くんだろうなー」
「うーん……なんでだろうなぁ――。あっ! 乱馬―っ! おみくじ引こうよーっ」
 乱馬の質問に対して少しだけ考える仕草をしたあかねは、前方におみくじを見つけて乱馬のチャイナ服の袖を引っ張る。
 たくさんの人々の合間からチラリと見えるのは、おみくじ専用の特設会場だ。
 大きなテントの下には6名ほどの巫女さんがおみくじ専用の大きな筒を持ってにこやかに立っている。
「おみくじだぁ? んなもんいらねーよ」
 一年前の初詣のことを思い出して、乱馬は不機嫌にあかねを見る。
「なんでよ?」
「だってよー。あんなもん当たるわけねーじゃねぇかよ。あんな小さい紙切れにわけわかんねぇ言葉書かれたってよ」
「乱馬ってば、去年のおみくじのことまだ気にしてるわけ?」
「あー。乱馬くんがおみくじで『大凶』ひいちゃったーっていう、笑えないネタのこと?」
 それまで二人で歩いていたはずなのに、気がつくとあかねの隣から同じく振袖姿のなびきが顔を出す。
「なっ! なんのことでいっ」
「いやーねぇ。いつまでも過去のことにこだわる男って」
「あらなびき。でもあの運の悪さはこだわっても仕方がないことじゃない? 特に『大凶』は本数も少ないっていうし」
 鮮やかな紺色の振袖を身にまとったなびきは、正月早々いつものように悪魔の微笑を浮かべて乱馬を挑発する。
 その隣には、にっこり笑顔でかすみが同じく藤色の振袖姿でトドメをさす。
 新年早々、天道家シスターズの結束は相変わらず健在だ。
「うっ……うるせぇやいっ。俺は別におみくじなんてなんとも思ってねーよっ!」
「それじゃぁ一緒に引こうよ」
「お……おう。べ、べつにいいぜっ」
 なびきとかすみにいいようにあしらわれた天道家一押しに弱い男は、あかねの言葉にすこしたじろぎながらもうなずく。
 別に乱馬とて、おみくじが怖いわけではない。
 ただ、あんな紙切れ一枚で今年の運を決められるのがなんとなく気に食わないだけなのだが。
 ……嬉しそうにおみくじの棒が入った大きな筒を振っている許婚には、そんなちょっとしたオトコゴコロなどというものは分からないであろう。
「えいっ! えーっと……19番ね」
 筒の先端の小さな穴から一本数字の書かれた棒を引っ張り出して、あかねはその数字を読み上げる。
 その数字を聞いて、カウンターの向こうに座っている巫女さんが奥の棚から薄っぺらい紙切れを一枚取り出してくる。
「ねぇねぇ。乱馬は?」
「うーんと……。12番だ」
 仕方なく金の筒を振って出てきた棒の数字を読み上げた乱馬にも、薄っぺらい紙切れが渡される。
「さってとーっ。今年はどうかなーっ」
「……ったく。くだらねぇ」
 うきうきと渡されたおみくじを読み始めるあかねの隣で、乱馬は小さくため息をついてから手に持っ
ているおみくじの一番上に書かれている文字を読んでみる。

 ――『大吉』

「へへんっ! やっぱり俺には大吉だよなーっ」
 ほっと一息ついてから、何故か威張りながら乱馬は手に持っているおみくじを人差し指と中指ではさんでひらひらと風に揺らす。
 去年『大凶』と書かれたおみくじを引いただけに、乱馬としてもこの大吉はなんとなく嬉しい。
 そう思いながらうきうきと少し下にあるあかねの顔をのぞいてみると……。
「げっ。なんだよ。あかね」
「……」
 さっきまでニコニコご機嫌だったあかねの表情から笑みが消えている。
 小さな手に握り締めているおみくじには――『大凶』
「あー…。なんだ、ほら。んなもん気にすることねーんじゃねぇの?」
 がっくりと肩を落としている許婚に向かって、乱馬は気楽に声をかける。
 だって、たかがおみくじ。
 いうなれば、新年早々の運試しってとこだ。
 ……まぁ、新年早々あんまりいい気はしないだろうが。
「なによ。乱馬だって去年はあんなに気にしてたじゃない」
「気にしてねぇよ。ってぇか、別に俺の去年一年、別になんも悪いこと無かったじゃねーか」
「それはそうだけど……」
 乱馬の言葉にすこし頬を膨らませつつ、あかねは口ごもる。
 乱馬と違って、あかねは占いだのおみくじだのというものを信じるタイプだ。まぁ、いわゆる普通の
女の子なら誰もが信じる程度に……だが。

 たかがおみくじ。されどおみくじ。

「……ったく。ほら、こういうのって高いところにくくりつけたらいーんだろっ」

 おみくじを握り締めてうつむくあかねの姿にため息を一つついて、乱馬はあかねの手から『大凶』とかかれたおみくじを奪い取る。
「あっ! 乱馬? 何するのよーっ」
「ほら。おめーにはコレやるよ」
 自分のおみくじを奪われて大きな瞳で乱馬を見上げたあかねに向かって、乱馬は自分が引いたおみくじを手渡す。
「え……?」
「ったくよー。あかねって時々子供みてぇだよなー」
 それだけ言って小さく笑いながら、乱馬は近くにあった大木の枝にあかねのおみくじを結びつける。

 できるだけ高い場所に。
 少しでも、あかねの運気があがるように。

「乱馬……」
「どーせ俺とあかねは今年も一緒にいるんだからよ。その『大吉』おみくじ一つあればいーんじゃねぇの?」
 乱馬から手渡されたすこししわくちゃになったおみくじを握り締めて、あかねはその言葉に思わず笑顔を見せる。

 今年も一緒。

 普段なら絶対に言ってくれないであろう恥ずかしいセリフを口にしたことに気づいていない乱馬に向かって、あかねはじわじわと沸きあがってくる幸せな気持ちをゆっくりとかみ締める。
「そだね。うん。……ありがとう。乱馬」
「へ? あー…それのことか。別にいいぜ」
 相変わらず自分の発言に気づかない乱馬は、あかねのおみくじを一番高い場所にくくりつけてからキョトンとした顔であかねを見る。

「あーら。新年早々仲がいいわねぇ」
 人ごみの中、なんとなくいい雰囲気になりかけていた二人の背後から、突然冷静なツッコミが入る。
「なっ……なびきっ!」
「でもあかね。おみくじは『大吉』の場合でもきちんと木に結んでおいたほうがいいのよー」
「かすみおねえちゃん!」
 人ごみの中から姿を現したのは、先ほど散々乱馬をからかっていた天道家シスターズ。
 そして、その後ろにはひげ面の親父とハゲの親父。
「うんうんうん! そっか! 乱馬くんは今年こそあかねと祝言を挙げる気になってくれたんだねぇーっ!!」
「いやいや。こりゃめでたいことじゃないかね? 天道くん」
 着物姿の早雲が乱馬の両肩を持って涙を浮かべながらにじり寄っている後ろで、同じく着物姿の玄馬が頭に巻いた手ぬぐいをぺちぺちと叩く。
「なっ! 何言ってやがんでいっ!! 俺がいつんなこと言ったんだよっ」
「『俺とあかねは今年も一緒にいるんだからよ』に決まってるんじゃない? 乱馬くんったら、新年早々素敵な決意表明ねー」
 祝言という言葉に顔を真っ赤にしている乱馬に向かって、あかねの横からなびきがにっこり笑って冷やかす。
「なびきおねえちゃん!」
 乱馬に負けず劣らず真っ赤な顔をして、あかねがなびきに抗議の姿勢を見せた……その時。
「それじゃぁ、そろそろ帰ってお雑煮の準備しなくちゃね」
 にっこり笑顔で穏やかに言ったかすみの一言で、天道家御一行様は大盛り上がりのままその場を後にした。



 その後――。
 すこししわくちゃになった『大吉』と書かれたおみくじは、ひっそりとあかねのお財布の中で眠り続けることになる。


 いつの日か、二人が祝言を挙げる、その日まで――。







後半がー…。書きかけのモノを仕上げたので、最初と最後のつながりがなんだかへーん。
でもまぁ、せっかくかけた久しぶりのお話なので、こっそりとアップ。
ちなみに書きたかったのはあかねちゃんのおみくじを高いところに結んであげる乱馬くん。ただそれだけ(笑)身長差って素敵ですよね♪

ちなみに、背景をいつもお話の雰囲気に合わせて変えているんですが(タイトルの文字色とかも)ちょっと最近めんどくさくなってきました(苦笑)
(06/01/17)



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