4.カキ氷






8月の最初の土曜日午後。
天道家では長女かすみが三人分の浴衣を準備していた。

「えっと…この柄がなびきで、これがあかねね。帯はどこにしまったかしら…」
「かすみ〜?この間買っておいた羊羹が食べたいなぁ…」

和箪笥を開けながらかすみが一人でつぶやいていると、天道家の主である早雲がのんきな声で和室に入ってくる。

「あ、おとーさん。羊羹ね。はいはい」
「おお。そうか、今日は夏祭りだったねぇ」

畳に用意されている三人分の浴衣セットをみながら、早雲は嬉しそうにうなずく。
今日は夕方から近所の神社で夏祭りがあるのだ。

「やっぱり浴衣はいいねぇ」
「そうね。もうすぐあかねたちが帰ってくると思うから、早めに準備しとこうと思って」

天道家では、夏になると三姉妹が浴衣を着て家族みんなで近所の夏祭りや縁日に出かけるのが毎年恒例となっているのである。
そのため、三姉妹の浴衣は大活躍なのだ。

「それじゃあ、すぐにお茶にしますね」
「ああ。すまないねぇ、かすみ」

浴衣を用意し終えたかすみは、早雲と一緒に和室を後にする。
和室には、3セットの浴衣が夕方からの出番を待っていた。



「あかねー?先に行ってるぞー??」
「あーっ!ちょっとまってよぉ。乱馬ー」

夕方、かすみが用意してくれた浴衣を部屋で着ていたあかねは、玄関から聞こえる乱馬の声に慌てて返事を返す。

「おっせーぞっ。もうおじさんたち先に行っちまったぜ?」
「わかってるって。今行くーっ」

前で結び終えた帯を背中に回して、ベットに置いてあった手提げの巾着を持つ。
そして、2階の自分の部屋を出て、階段を下りたところで乱馬と目があう。

「お待たせっ!ごめんねー。着付けに時間がかかっちゃったっ」

2階から降りてきたあかねが着ている浴衣は…ピンク地に黄色の桜の柄が入っている。
そろいの巾着と、同じくそろいの髪留め。

乱馬の目からみると…激しくあかねに似合っていた。

「お…おう。…んじゃ…行くか」
「うん。おねえちゃんたちも先に行っちゃうんだもんなー」

おもわずあかねに見とれてしまった乱馬は、取り繕ったように言葉を搾り出す。
しかし、そんな乱馬の様子にまったく気づかないあかねは、一足先に行ってしまった2人の姉に文句を言いながら自分の下駄を履く。

「…孫にも衣装だよな」
「なんか言った?乱馬」

思わずボソッと憎まれ口をたたく乱馬に、座った状態であかねが乱馬に聞きなおす。
声の感じからして、おそらく聞こえていたんだろう。

「いや…なんでもねぇ。さ、行こうぜっ」
「…まったく。『似合ってるよ』ぐらい言ってくれてもいいのに…」

あかねの怒りのパンチを避けるように先に外に出る乱馬に、あかねが思わずため息を付く。
とことん素直じゃない2人なのである。



夏祭りの会場である神社にくると、もうすでにたくさんの人でにぎわっていた。

「へぇ。結構すげーんだな」
「あ、そっかぁ。乱馬は初めてだもんね。けっこう有名なんだよ。ここの夏祭り」
「ふーん」

あかねたち家族は毎年のように来ている夏祭りだが、乱馬にはめずらしいようである。
境内に続く道にはたくさんの夜店。
中には中国からやってきた雑疑団の催しまであるようだ。

「あ、お父さんたちだ。おとーさーんっ」

乱馬と並んで歩いていたあかねが、前方に家族の姿を見つけて声をかける。

「おお、あかね。遅かったじゃないか」
「どーせ浴衣の着付けに時間がかかったんじゃないの?」
「ほらほら、あかね。帯が曲がってるわ」
「あかねくん。乱馬はちゃんと待っておったかね?」
りんご飴を口に入れるなびきに「いーだっ」と言う顔をしながら、かすみに帯を治してもらうあかね。
はたから見ていてもとっても仲のいい三姉妹である。

「あーっ!親父いいなぁ。カキ氷食ってんじゃん」

あかねの後ろから歩いてきた乱馬は、父玄馬が手にしているカキ氷をうらやましそうに見る。
玄馬の手にはイチゴ味の蜜がかかったカキ氷。

「やっぱ夏祭りって言えばカキ氷だよなーっ。へへっ。一口くれよっ」
「ばか者!誰が貴様にやるものか。向こうで売っておるぞ。買って来い!」
「げぇ。ケチくせえなぁ。いーじゃねぇか。親子なんだから」
「親子だからこそだ。乱馬よ。何事も自分で手に入れてこその喜びと心得よ」

相変わらず早乙女親子が一杯のカキ氷で醜い争いを繰り広げているのを横目に、かすみが一言。

「そうね。カキ氷いいわね。なびき、買いに行きましょう?」
「私いいわよ。さっきこれ買ったもの」
「あ、かすみおねえちゃんっ。あたし一緒にいくっ!」

かすみに声をかけられたなびきがりんご飴を手に見せると、あかねがかわりに手を上げる。
あかねもちょうどカキ氷が食べたいと思っていたところなのである。

「そうね。じゃああかね。行きましょうか。お父さん。お父さんの分も買ってくるわね」

玄馬のカキ氷を何気にうらやましげに見ていた早雲に、かすみは笑顔で声をかける。

「かすみぃーっ!お前はほんとによくできた娘だなぁぁっ」

かすみの言葉に、早雲は思わず号泣である。
そんな父親を見て、相変わらず一杯のカキ氷の取り合いをしている早乙女親子を見たあかねは…。

「…もぉ。しょーがないわね。乱馬。買ってきてあげるわよ」
「えっ?!マジっ?!おごり?!」
「んなわけないでしょっ!」

まったく。相変わらずずうずうしいんだからっ!

「何味がいいのよ?」
「んじゃー…レモンなっ」

よろしくっ!といいながらポケットから小銭を出す乱馬。

「…100円しかないわよ?」
「100円しかもってねーもん」
「…。まったく。お祭り来るのに100円ってどういうことよ」

へ?という乱馬の顔に、思わずあかねは脱力する。

「もういいわよ。すぐ買ってくるからココにいてよ?」
「お父さんたちも、動かないでくださいねー」

乱馬の100円玉を手に、あかねは乱馬たちと一旦離れて、かすみと一緒に少し離れたカキ氷売り場へと向かう。
くれぐれもここを動かないでよっ!と念押しをして…だ。
特に乱馬はすぐにいなくなることが多いからである。

…一箇所に居続けるっていうことが苦手なんだからなぁ。ほんと、子供みたい。



そして、両手にカキ氷を持って戻ってきたあかねの前には…。
的当てに必死になっている早雲と玄馬。
そしてその様子を横でみているなびきの姿のみ。

…あれ??乱馬は??

「あれぇ?なびきおねえちゃん。乱馬知らない?」

それっ!うりゃっ!などといいながら必死に的を狙っている早雲にカキ氷を渡すかすみを横目に、あかねはなびきに乱馬の居場所を聞く。

「え?乱馬くん?そういえば…あかねたちが買いに行ってからすぐにどっかいっちゃったわよ?」
「えーっっ!!」

すぐに戻ってくるって言ってたけど…、というなびきの言葉は、もはやあかねの耳には入っていない。

「んもうっ!!動かないでって言ったのにーっっ!!ちょっと探してくるっ!」

カキ氷を両手に持ったまま、あかねは乱馬を探しに行く。

「あかね?カキ氷置いていったほうがいいんじゃないの?…って、聞いてないか」
「なびき?そういうことはもっと早く言ってあげないと…」

りんご飴を食べ終えたなびきの隣で、カキ氷を崩しながらかすみがおっとりと声をかける。

「ほんと、あの子って人の話を最期まで聞かないわよね。誰に似たんだか…」
「おとーさんじゃなぁい?」

せっかくかすみが買ってきてくれたかき氷そっちのけで的当てに夢中の自分たちの父親を見て、姉妹は思わずため息をついた。



「乱馬―??んもうっ!どこに行っちゃったんだろ…。カキ氷が溶けちゃう」

浴衣姿で両手にカキ氷を持つ、という動きにくい状態で、あかねは人ごみの中乱馬の姿を探す。
…と、聞きなれた声が聞こえてくる。

「お好み焼き安いでぇ〜っ。あっ!おーきにっ!!」

見ると、クラスメイトでお好み焼き職人、そして乱馬のもう一人の許婚でもある右京が、夜店でお好み焼き屋をやっている。
『お好み焼き1枚500円』と書かれた紙を大きく張り出して、道行く人に声をかけている。

「右京…。どーしたのよ?こんなところで」
「あ、あかねちゃんやないの。何って…お好み焼き屋『うっちゃん』の出張や。やっぱ祭りはようもーかるから助かるわ〜」

そういいながら、鉄板の上のお好み焼きを順々にひっくり返す。
さすがプロ。職人技が光っている。

「あー…なるほどね。ねぇ、ところで乱馬知らない?」
「乱ちゃん?なんや、乱ちゃんも来てるん??」

右京はそういいながら、新しい生地を鉄板に流し込む。
何気にハート型である。

「…何?その形…」
「何って、乱ちゃん来てるんやったら、乱ちゃんのために特製のお好み焼きを焼くんや」
「…ってことは、こっちには来てないんだ」
「なんや、あかねちゃん一緒に来てるんちゃうんかいな?」
「あ…はぐれちゃったのよね。んじゃ、もうちょっと探してみるわ。ありがとう右京」
「あかねちゃんがはぐれてしもたってことは、今は乱ちゃんは一人ってことやなっ!先に見つけたら夏祭りデートができるやないの」

そういいながら、右京はすばやくハート型のお好み焼きを完成させる。
そして同時に夜店の看板を下ろす。

「今日はもう店じまいや。ぎょうさん稼がせてもろたしな。女はやっぱり愛に生きなあかん」
「…あ、そう」

乱ちゃん、待っててやぁ〜っ!と言いながら、右京は特製お好み焼きを手に人ごみの中へと消えていった。

「あいやぁ。乱馬来てるのか?」

右京の声をどこからか聞きつけてきて、今度は乱馬を追って中国からやってきた中国女傑族の娘があかねの前に顔を出す。
「…シャンプーも来てたの?」
「今、右京の声したね。あかね、乱馬どこに隠した?」
「あのねぇ!乱馬なら知らないわよ。私もはぐれちゃったんだから」

あかねのその言葉に一瞬考えたような顔をして、シャンプーは右京と同じことを言う。
「ってことは、先に乱馬見つけたものが、デートできるねっ!早い者勝ちね!乱馬探しに行くねっ」

そういいながら、またもやあかねのまえから姿を消すシャンプー。
…と同時に今度はシャンプーを追いかけて中国からやってきた男、ムースが姿を現す。

「シャンプーっっ!こんなとこにいただかっ!!」
「…シャンプーならもう行っちゃったわよ?」

眼鏡ちゃんとかけなさいよ、とムースに忠告するあかね。
ど近眼のムースは眼鏡をかけないと手当たり次第にシャンプーと間違えて抱きつく癖があるのだ。
乱馬が隣にいるときは、あかねを守りつつムースとけんかになるのだが…。
残念ながら今ココに乱馬はいない。

「む?天道あかねではないか。おらのシャンプーはどこに行っただ?」
「さぁ…。むこうの人ごみへ消えていったけど?」

乱馬を追いかけて行ったわよ、とはさすがにいえないあかね。
ひとまずシャンプーが姿を消した方角だけ教えてあげる。

「そうか、シャンプーっっ!!!おらとデートするだぁっ!!」

そういいながら、ムースはシャンプーを追いかけて人ごみにまぎれていく。
騒がしい三人がいなくなって、急にあかねはむなしくなった。

「…なんだかなー。はぁ。もうどーでもよくなってきちゃった」
右京とシャンプーが来てるということは、この後無事乱馬と合流しても騒がしいことに変わりはないのだ。

「…んもう。せっかく今年初めての夏祭りなのに」

せっかく、浴衣だって着たのにな。
乱馬のために買ったカキ氷だって…もう半分ぐらい溶けちゃったじゃない。

「乱馬の…ばか」

人ごみから少し外れたベンチに座って、あかねは一人思わずつぶやく。
…と、背後から。

「ばかってなんだよ。おい」
「らっ…乱馬っ!!!」

振り向くと、そこには呆れ顔の乱馬が立っている。

「ったく、こんなトコにいたのかよ」
「そっ…それはこっちのセリフよっ!!動かないでって言ったじゃないっ!!」
「あー…それは悪かったな」

乱馬はそういいながら、あかねが座っているベンチの右隣に腰かける。
ちょっと隠した右手には…何枚かの写真…?

「でもよ、急いで元の場所に戻ったらあかねだけいねーんだもんな」

かすみさんが『あかねならついさっき乱馬くん探しに言ったわよ』とか言うからさ。
逆におれが探しまわっちまったじゃねーか。

ちょこっとほほを膨らませながら、乱馬は怒ったようにそうつぶやく。

「あ…そうなんだ。…でもっ!最初にどっかに行っちゃったのは乱馬じゃないっ!!」

何してたのよっ!とあかねが続ける。
…と、乱馬は右手に持っていた写真をあかねに渡す。

「…それ、取り返しに行ってたんだよ」
そこには、浴衣姿のあかねを隠し撮りしたであろうショットが何枚も…。

「なっ…これって…」
「五寸釘のやろうがさ、なぁんか木の陰からコソコソついてきやがるから…」
やっぱ、知らないところで写真取られてるのって、やじゃねーか?
あかねのほうは見ず、前を歩く人ごみを見ながら乱馬がぼそぼそとつぶやく。

「あ…」
「まぁよ、んな色気のない浴衣姿の写真を撮るヤツも撮るやつだけどよ〜」
「…なんですってぇっ!!!」

あかねがいつものようにスクリューアッパーで乱馬を飛ばそうとしたとき、ひょいっと乱馬があかねの左側を見る。

「おっ!これっておれのカキ氷?」

見ると、あかねの左側には半分以上溶けてしまっているカキ氷のカップが二つ。

「…そうよ。すっかり溶けちゃったけどね」
「へへっ。さんきゅ〜っ」

嬉しそうな顔で乱馬はレモン味のカキ氷にスプーンを突き刺す。
シャリシャリ、というよりはすっかりガチガチになってしまっているが…。

「かってぇ〜…。しかもあめぇ…」
「そりゃそうよ。買ってからだいぶん時間経っちゃってるから。それ持ってうろうろしちゃったし」

ガチガチに固まってしまっている氷の塊と、そこにたまっている甘いシロップをなめる乱馬に、あかねはあきれたように言う。

「もう食べられないんじゃない?」
「なに言ってんでい。せっかくあかねが買ってきてくれたんだし。食うよ」

わざわざコレ持っておれを探してくれたんだしな、とカキ氷のカップと格闘しながら、乱馬が何気なく付け加える。
本人はあきらかに無意識に出たセリフのようであるが…。

「乱馬…」
「カキ氷に罪はねーしよっ。…おれの100円だしな」

一瞬じーんとしたあかねに、乱馬がついでのように付け足す。
…その一言が余分なのだが。

「ら…らんまぁ…?」
「ん?どーしたんんだ?あかね…」

一瞬でも乱馬の言葉に感動してしまった自分が情けなくって、あかねのボルテージは上がっていく…。
低くこもった声が、乱馬を呼ぶ。
そして…次に来るのは。

「乱馬の…ばかーっっっ!!」

いつもよりスピンをかけたスクリューアッパーで乱馬はカキ氷ごと夜空に飛ばされた。
おれのなにが悪いんだよおおおっっっ!!という叫びを残して…。

「まったく。ほんと一言多いんだからっ!」
乱馬が飛んでいった後、あかねは乱馬から渡された自分の写真を見る。

…だけど、よく考えたらコレを取り返しに行ってくれてたのよね。
悪いことしちゃったかな…。
乱馬を殴ってから、ちょっと反省したあかねは、自分の分の溶けたカキ氷にスプーンを突き刺した。









…ちょっと、読み返してあまりのできてなさに絶句してしまった作品です。
なんかもー。三人称なんだけど、すっごい書き方を模索している感じがする(苦笑)
無駄に長いし、無駄に登場人物多いし。
手を加えてどうにかしようと考えたんですが…もう、そうすると全部書き直さなくっちゃならなかったんで…ひとまずこのまま掲載。
まぁ、落ち着いたら修正掛けます。はい。



(05/08/06 作成 ブログ発表済み分   05/09/17 加筆修正)





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