ヘタクソ文字の犯人は誰?




事の起こりは一枚のメモだった…。

「あら、何かしら??」

固定収入のない父、嫁入り前の娘3人、食欲旺盛の居候二人に邪悪なエロ爺。
総勢7人という大人数が暮らす天道家を取り仕切るスーパー主婦、天道かすみ19歳。
菩薩のような彼女は、常にボケ専門だが、時々穏やかな笑顔で鋭いツッコミをいれる。
そんな彼女の一言から、この事件は始まった。

「おとーさん。コレ、何かわかる??」
「おやかすみ。どーしたんだい?」

かすみが手に持っている紙切れを渡されたのは、この天道家の主、天道早雲。
三人の娘を溺愛し、愛しすぎるが為に娘の危機には妖怪に変化してしまうという一面を持つ。
「電話台においてあるメモ帳に残っていたメモみたいなんだけど…」
「うーん…。コレは、読めないねぇ」

かすみから手渡されたメモをみて、思わず早雲も低くうなってしまう。
そこには、文字と呼ぶことすらはばかられるようなシロモノが描かれている。

「誰かがお絵かきしたのかしらー?」
「そんなわけないじゃない、おねーちゃん」

にっこり笑顔で話していたかすみに、ちょうど居間にやってきた天道なびきが鋭いツッコミを入れる。
「私はお金の味方よ」と言い切る天道家の次女、天道なびきは、本人の言うとおり、非常にお金が大好きな女である。
冷静な視線、鋭いツッコミ。
しかし、同時にとても家族想いでもあるのだ。

「あら、なびき。そうかしら?」
「そうよ。コレは絶対に文字よ。しかも、相当下手ね」

にっこり笑顔のかすみに、ズバッと言い切るなびき。

「そうだねぇ。なーんか書いてある見たいだけど…なんて読むんだろー??」

早雲は、居間の机の上にそのメモ用紙を置いて、上から見たり横から見たりしている。
だが、どれだけ見ても、一文字も読めない。
いや、むしろどこからどこが一文字目なのかすらわからない。

「…ほんっとに読めないわね。いったい誰が書いたのかしら??」
「やっぱり、アヒルさんを書きたかったんじゃないかしら?」

なびきとかすみも早雲を挟んで座って机の上においてあるメモを覗き込む。
そして、ふと顔を上げた早雲の目の端に、肩からタオルを担いだ一匹のパンダが通っていく。

「あ、早乙女くん、早乙女くん」
「ぱふぉ?(『なんだ?』)」
「ちょっとこれ、読んでみてくれない?」

早雲に呼ばれたパンダ…もとい早乙女くんとは、天道家の食欲旺盛な居候の一人、早乙女玄馬。
中国呪泉卿にて、水をかぶるとパンダになってしまうという体質を会得してしまった早雲の友人である。
もっともそのスチャラカな性格からか、あんまりこの体質に関して悩んだりはしていないようであるが…。

「ぱふぉぉー?(『コレは文字ではないのでは?』)
「やっぱり早乙女くんもそう思う?」
「ぱっふぇぱふぉぱ…っふぅ。これはたんなるいたずら書きじゃないのかね?天道くん。あ、かすみさん、すいませんっ」
「いいえ。ちょうどお湯を沸かしていたところですから」

かすみに頭の上からやかんでお湯をかけてもらい、人間になった玄馬、早雲からメモを受け取る。
そのメモを見ていた玄馬、ふいに眉をひそめる。

「この限りなくヘタクソな文字…もしや」
「あ、早乙女くんも気が付いた??ぼくもそうかとは思ってたんだけど…」
「だよねぇ。天道くん。この間の秘伝書の文字と似てるよねぇ」
「っていうことは…」
「あー。おじいちゃんの文字ってこと?」

男二人が言いよどんでいた人物をスラリと口にするなびき。
それを聞いて、かすみも隣でうなずく。

「そうね。おじいちゃんの字だったら、誰にも読めないものねー」
「まぁ、あのお師匠様のメモなら、読まなくてもいいんじゃないかい?」
「だよねぇ。どーせたいしたことは書いてないだろうし」

居間にいる全員一致でそのメモを解読不要、と判断したそとのき…。
天道家三女で天道道場の2代目、天道あかねが通りかかる。
勉強も運動もこなす上に、気立てもよくてかわいいあかねは、まさに申し分のない女の子である。
ある一人の人間に言わすと「かわいくなくて、色気がなくて、不器用で、ずん胴」らしいのだが。

「あれ?みんなで何してんのー??」
「あ、あかね。このメモ、おじいさんの文字らしいんだけど…読める?」
「えー?おじいさんのメモ??別に読む必要ないんじゃないの?」

そういいながら、あかねはなびきからそのメモを受け取る。

「…」

そのメモを見て、思わず動きを止めるあかね。

「すっごいヘタクソな文字でしょー?おじいさんの字なんだからしょうーがないんだけど」
「おじいちゃんの文字って、アヒルさんに見えるわよね」
「お師匠様のメモだし、解読不能でいいっていう話に落ち着いたんだけどねー。ね、早乙女くん」
「そうそう。お師匠様の書くメモなんて、どーせろくでもないこと書いてあるんだしね。天道くん」

四人が声を合わせて「八宝菜の文字」と決め付けているそのメモの文字。
あかねはその文字に見覚えがあった。

…崩して書いてるけど、この字って。

「あっかねちゅあ〜んっ」

思わず呆然としながらメモを握り締めていたあかねの顔面めがけて、どこからともなくやってきた物体。

「お…おじいさんっ!!…何か用?」

その物体をおもいっきり足で踏みつけて、あかねはにっこり笑顔で問いかける。
ちなみに、その物体とは、天道家居候であり早雲、玄馬のお師匠さまでもある男、八宝菜。
満場一致で「邪悪なエロじじぃ」という評価を受けるとんでもない爺である。

「あかねちゃんに似合いそうなぶらじゃーを手に入れたんでなっ。プレゼントにとおもーて…ん?なんじゃ?その紙切れ」

一瞬の隙を逃さずあかねの足元から抜け出した八宝菜、あかねの手に持つメモを見つける。

「あ、ちょうどよかったわ。おじいさんのメモでしょ?それ」
「なんて書いてあるのかしら?ってみんなで相談してたのよ」
「わしのじゃと…??ちがうわいっ。わしはこんなメモ書いとらんぞっ」

あかねから奪ったメモを一瞥して、興味なさそうに放り投げる八宝菜。
その様子からして、どうやら本当に八宝菜の書いたものではないようである。

「えー?このヘタクソな文字、お師匠様のメモじゃないんですか?」
「こんなヘタクソな文字を書けるのは、お師匠様ぐらいでしょう?」
「ええーいっ!ヘタクソヘタクソとうるさいわっ!わしの文字はもーちょい読めるわいっ!」

早雲と玄馬の言葉に、八宝菜が反論する。
その反論を聞いて、八宝菜をのぞくその場の全員が首を振っていたが。

「おっ?みんな集まってなにしてんの??」

ちょうどそこへ、稽古を終えて一風呂浴びようかとタオル片手に道場から出てきたのはお下げにチャイナ服の男の子。
天道家の食欲旺盛な居候の二人目で早乙女玄馬の息子である、早乙女乱馬だ。
父親と同じく、中国呪泉卿で水をかぶると女になる体質を会得してしまっているのだが、最近は父親同様、その体質を大いに利用しているような様子である。

「あ…乱馬…」

乱馬の姿をみて、思わず八宝菜が放り投げたメモを隠そうと探すあかね。
しかし、乱馬は目ざとく床に落ちているメモを見つける。

「ん?なんだぁー?この紙切れ。またじーさんがどっかから持ってきたのかよ?」

メモ用紙を右手の人差し指と中指で挟んで持ち上げ、目の高さまで持ってくる乱馬。
その動きが、ピタリと止まる。

「あ、乱馬くん。そのヘタクソな文字、誰の書いたメモか知らないかい?」
「てっきりおじいさんの文字だとおもったんだけどね」
「おじいちゃん、違うって言うのよー」
「お師匠様以外で、このようなヘタクソな文字を書く者はここにはいないとは思うんだが…。のう乱馬よ」
「無礼者!!この文字はわしの文字よりはるかにヘタクソじゃわいっ!」

好き勝手に話しかける五人の言葉がまったく耳に入らない様子の乱馬。
その様子をみて、あかねは一人、思わずため息を付く。

「あれ?どうしたの?乱馬くん?まさか…」
「まさか…乱馬くんが書いたメモ…っていうわけじゃないわよね」
「そんなまさか!真の武道家たるもの、文字は力強く、美しく書けねばならんよね。早乙女くん」
「そうじゃ。文字は心の鏡というではないか。のう、天道くん」
「乱馬よ!このようなヘタクソな文字を書くなんぞ、言語道断!!そのようなヤツに、無差別格闘は継がせられんぞっ!!」

五人は、乱馬の返事がないのに気づかず、それぞれ好き勝手なことを言う。
しかし…そのまさか、なのである。

「あっ…あの…乱馬??」
「…うっ…うるせーやいっ!!」

あかねが慰めの言葉をかけようとしたそのとき、乱馬はメモを握り締めて脱兎のごとく走り去る。

「あちゃー…。乱馬くんの文字だったんだ」
「あらあら。乱馬くんったら、アヒルさん書くのお上手ね」
「…ええええ?!早乙女くんっ!!君は一体どんな教育をしてきたんだねっ!!!」
「えー?そういえば、乱馬のヤツの文字なんぞ、ちゃんと見たことなかったなぁ…あっはっは」

相変わらず好きなことを言っている天道家の面々を置いて、あかねは乱馬の後を追う。

…やっぱり乱馬のだったんだ。学校のノートの文字をちょっと崩した感じだもんね。
落ち込んでるかなぁ…。



「ら…乱馬??」

一階の玄関近くにある、居候の早乙女親子の部屋のふすまを、そぉーっとあけるあかね。
見ると、三角座りをして背中を丸めた乱馬の後姿がある。

「あのっ…気にすることないじゃない?みんな、悪気があって言ってたわけじゃないし…」
「…でも…おめーもおれの字、下手だと思ってんだろ?」
「…まぁ、上手ではないけど…いいじゃないっ!字が下手なぐらいっ!!」
「…じじぃより下手なんだぞ?」
「…それは、ちょっと由々しき問題だけどね」

やっぱりおめーもバカにしてんじゃねーか。
と、うじうじとした背中から負け犬の遠吠えのような声が聞こえる。

あ…そういえば、この間格闘書道とかいうのでも、字が汚くて全然相手にしてもらえなかったもんなー。

先日、町内で起きた「格闘書道事件」を思い出して、思わずため息をつくあかね。
あの時もひどいと思ったけど…ほんと、字の下手さって、簡単に治らないのよねー。

「そういえば、おじさんも親父も字は結構きれいだもんな…。…良牙も九能も達筆だったような気がする…」
「そ…そうね。良牙くんの絵葉書の文字って、すっごく達筆だったような気が…」
「…」

あ、しまった。
あかねが思ったときには、すでに乱馬はさらに落ち込みのブラックホールにはまっていた。
乱馬って、普段いい加減なのに変なことで落ち込むからなぁ。

「でもほら!あたしだって、お料理もダメだし、お裁縫もニガテだし…」
「まぁな。確かにおめーは不器用だけどさ。でも、字はそんなに下手じゃねーもんな」

…まいった。
いつもならあたしがこういえば乱馬はあたしをからかって、で、ケンカしてるうちに立ち直るのに…。
これじゃあ、ケンカもできないじゃない。

まったく…せっかく人が優しく慰めてあげようとしてるのにっ!!

「んもうっ!!じめじめとうっとーしいわねっ!!いーじゃないっ!字が下手だって!!乱馬は誰よりも強いんだからっ!!!」
「へ???」
「ったく…。もう知らないっ!!せっかく慰めにきてあげたのにっ!!一人でいつまでも落ち込んでればいいじゃないっ!!」
「あ…あの???」
「乱馬のばかっっっ!!」

そう言い置いて、足音荒々しく出て行くあかね。
もちろん、部屋のふすまはものすごい勢いで閉めていく。

「あ、あの…あかね…???」

残された乱馬は、思わず落ち込むことも忘れて、余韻でゆれているふすまを呆然と見続けていた。



「んもうっ!!せっかく慰めてあげようと思ったのにっ!!乱馬のばかっ」

もう、知らないんだからっ!!!
別に字が下手なぐらいであんなに落ち込むことないじゃないっ。
お父さんたちもすごく心配しちゃうじゃないのっ!!

どたどた…と勢いよく階段を上って、自分の部屋に入る。
ばんっ!!と思いっきりドアを閉めて、勢いよくベッドに倒れこむ。


…だめだなぁ。あたしってば。


ちょっと冷静になったあかねは、さっきの自分の行動を思い出して、一人反省をする。

なんで、もうちょっと優しく言えないのかなぁ。
結局最後はケンカ腰になっちゃったし。
乱馬相手だと、いっつもこうなっちゃうのよね。
なんでかなぁ…。

ベッドから起き上がって、クッションを抱きしめながら、一人考え込んでいると…。

「あ…あかね?」

今度はあかねの部屋のドアをそぉーっとあける乱馬の姿。

「乱馬…。何よっ」
「いや…さっきは悪かったな。ちょっと落ち込みすぎちまって…」

そういって、自分のお下げをいじりながら、あかねをのぞき見る。
その姿に、思わずあかねは笑いそうになる。

なんだ、だいぶん立ち直ってるじゃない。

「ううん。あたしもちょっとキツク言い過ぎたみたい」

おずおず…という感じの乱馬がなんだかかわいくって、思わずあかねも素直に謝る。
しかし、その素直さが今度は乱馬の普段の調子を取り戻してしまったようだ。

「だよなーっ。おめーの言い方はやっぱキツイんだよなー」

あかねのセリフを逆手にとって、いつものようにふてぶてしく笑う乱馬。
その乱馬を見て思わず手が出そうになりつつ、どうにか耐えるあかね。

我慢。我慢よあかね。
たまには優しくしてあげないとね。

「まぁ、字ぐらい汚くたって、おれには格闘があるしな。誰かさんみたいに、なにやっても不器用ってワケじゃないし…」

が…がまん…よ。が…ま…ん…。

「おれがアレぐらいで落ち込んでたら、おめーなんてもっとひどく落ち込まなきゃなんねーもんなっ」

が…ま…。…ぶちっ。

「不器用で悪かったわねっ!!!乱馬の…ばかぁぁーっっっ!!!」


がっしゃーん。


いつものように、あかねの部屋の窓ガラスが割られ、中からお下げの男の子が飛んでいく。



「あらあら。あかねの部屋の窓ガラス、また修理しなくちゃ。ね、お父さん」
「乱馬くんってば、また吹っ飛ばされてるの?飽きないわねー」
「あかねぇーっ。あんまり壊さないでくれよぉっ」
「青春だねぇ」
先ほど散々乱馬に言いたい放題だった四人は、空に消えていく乱馬を見ながら、居間で仲良くお茶を飲んでいた…。

その頃あかねの部屋では…。

「んもうっ!!やっぱり乱馬なんか大嫌いっ!!」

割れたガラス窓の外に広がる大空を見つめながら、一人息巻いていた。


もう!次から落ち込んでも慰めてなんてやんないんだからっ!!







コレも、TVアニメエンディングソングの「ドンマイ来々少年」を聴いていて考えたお話です。
え?どこが??
…一応、後半のあかねちゃんの気持ちが…です(汗)
ちなみに、乱馬くんの字が下手、というのはアニメ熱闘編97話「乱馬はヘタクソ?格闘書道」の回で出てきますよね。
ココではその設定を使わせていただいていますv
乱馬くんを落ち込ませるのに何がいいかなーって考えて、そのときちょうど見たのがこの回のアニメだったんで(笑)
まぁ、相変わらずラストがまとまりないのも…ほんと、どうにかしなくっちゃなー。



(05/07/29 作成   05/09/14 加筆修正)





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