4.無言の空間




毎朝、おれの1日は格闘から始まる。

ん?毎朝…っってこともねーか。ついうっかりギリギリまで寝ちまってることもよくあるからな。
一応、毎朝起きてから朝飯までの時間、おれは親父と朝稽古をする。
まぁ、親父と組み手しながらの早朝ロードワークみたいなもんだ。

んで、なんでかあいつも同じルートで朝からロードワークをする。

それが、おれたちの日課みてーなもんだよな。

…なのに。


「おや…今日はあかねくんは一緒じゃないのか?乱馬よ」
「んぁ?知らねぇよ。別に約束してるわけじゃねーし。寝てんじゃねーの?」


そういえば、天道道場入り口で軽く屈伸をしながら気づいたけど…。

あかねがいねぇ。

いつもなら、そろそろ出てくるころなのにな。

あいつが寝坊だなんて…めずらしいな。



…って思いながら朝稽古を終えて朝飯の並ぶ席に着くと。
やっぱいねぇ。どーしたんだ?あいつ。

「あら、あかねは?まだ寝てるのかしら」

しゃもじを片手にかすみさんがふと思い出したようにあいつの名前をだす。
そのかすみさんの言葉を受けて、おじさんがおれを見る…。

…なんか、嫌な予感が。

「ほんとだねぇ。あかねが寝坊だなんてめずらしい…。乱馬くん?ちょっと見てきてくれないかね?」

…やっぱり。

「そうだぞ、乱馬よ。お前が寝坊しているときは、いつもあかねくんに起こしてもらっているではないか」
「別に頼んでねーよ。大丈夫だろ?そのうち起きてくるって」

おれが親父とこんな会話をしていると、縁側からいつもの足音が聞こえてくる。
パタパタとスリッパを鳴らして歩いてくるこの足音。
間違いねぇ。

そろそろ聞こえるはずだ、元気な声での「おはよう」がさ。

…あれ?

「なっ…どーしたんだよ。あかね?」

いつまでたっても後ろからきこえるはずのあかねの声が聞こえないんで、気になって振り向いてみると、そこには…。

「なっ…」


なによっ…という続きはマスクの中に消えていく。
声のトーンも、いつもの元気のいいハリのあるものじゃなくて、思いっきりかすれ声だ。
見ると、顔の半分を覆っているのは…大きな白いマスク??

「あらー。あかね、どうしたの?」
「花粉症?こんな季節にまさかね」

かすみさんとなびきがあかねに声をかける。
ってか、今7月だぞ?花粉症はねーんじゃねぇの?なびき。

「…のどが痛くって…。声が…」

マスクをつまんで、かすれた声で「出ないのよ」と続ける。

うーん…こりゃ、重症だな。

「風邪か?そりゃいかん!今日は学校は休みなさいっ!ね、あかね?」

おじさんが心配そうな顔であかねにそう言う。
でも、たぶんムリだろうなぁ。

「大丈夫…よ。体は元気…だもん」

…そういうと思ったぜ。
今日は終業式だもんな。
変なトコでくそ真面目なこいつのことだ。ムリしてでも行くに決まってやがる。
でも、声は出てねぇぞ。

「そんな声じゃ行っちゃいかーんっ!!!」
「お父さん。あかねは頑固者だから反対してもダメだと思うわ」
「そうそう、どーせ今日は終業式だけだし、大丈夫じゃない?」

おじさんの反対をかすみさんとなびきが2人でとめる。
まぁ、おじさんは心配性すぎるからなー。

「あ、そうだわ」

まだぎゃあぎゃあ騒いでいるおじさんを置いて、かすみさんが台所へ消える。
それを見ながら、余計だと思いつつも、おもわずあかねに一言。

「…おめーが夏風邪ひくだなんて、鬼のかくらんってやつだよな。」
「…っ!!!」

マスク越しに、目だけでおれに怒りビームを出すあかね。
うーん…。目だけでも十分こえぇ。
でも、きっと「あんたに関係ないでしょ!!」ぐらい言いたいんだろうなー。

「これこれ。あかね、こののど飴とってもよく効くのよ。コレ持っていきなさい」

かすみさんが台所から戻ってくると、手には怪しげな缶入りの飴が…。

「おねえちゃん、それ何?缶に書いてあるの中国語じゃない」

なびきの言うとおり、確かに缶には怪しげな中国語が…。
おいおい、大丈夫かよ。それ。

「この間、東風先生から頂いたのよ。ほら、私が風邪引いたときに」
「ああ。そういえばこの前おねえちゃんものどやられてたよね。そのときの?」
「そうなのよ。この飴をなめて、1日しゃべらないでくださいねーって言われてそうしたら、本当に1日でよくなったから」
「…ってことは、あかねも今日は1日話すこと禁止ね」

かすみさんから飴を受け取ったあかね、なびきのこの言葉に不満そうな顔をする。

「えー…」
「ほらほら。どーせしゃべったってそんな声なんだから、今日一日会話禁止ね。乱馬くん。ちゃんと見張ってあげてよね」

…なんでおれなんだよっ。

「そうだぞ。あかね。のどの風邪だからって、甘く見ちゃいかんぞ。のどが炎症おこしておるんだから。なびきの言うとおり、今日は1日話しちゃいかん!頼んだよ。乱馬くん」

…おじさんまで。

「…」

最初は不満そうだったあかねも、みんなが心配してくれてるってことを感じたのか、おとなしくうなずく。

ってことは…。

「んじゃ、今日一日はあかねの小言を聞かなくっていいってことかぁ」

独り言を思わず口に出してしまったおれに、あかねの特大パンチが炸裂したのは言うまでもない…。




朝飯を食ってすぐに、かすみさんからもらった飴を口にほおりこむあかね。
その足で、家を出るときに部屋から大きなスケッチブックと太い黒マジックを持ってくる。

「…なんだそれ?」

おれのつぶやきに、あかねはおもむろにスケッチブックを広げて、マジックで文字を書き出す。

『これで筆談するの。しゃべれないもん』

あ、なるほどね。
親父のプラカードと同じか。

「ま、みんなに頼まれちまったことだし、ぜってーにしゃべんなよ、あかね」

その様子を見て、またもやあかねにしゃべりかけちまうおれ。
まぁ、返事を期待したわけじゃねーんだけどな。

なのに、あかねのやつ、丁寧にまたもやスケッチブックに文字を書く。

『わかってるわよっ!』
「へいへい」

スケッチブックの文字を見て、思わず肩をすくめるおれ。

こんなときでもおれらってけんか腰なんだよな。




珍しく早めに学校に着くと…。
げっ…こんなときに限っているんだよなぁ。
朝っぱらから竹刀を手に校門でたたずむうっとおしい男が。

「九能帯刀17歳。人呼んで風林館高校の蒼い雷…。いざっ!早乙女乱馬!覚悟!!」
「九能せんぱい。おはよーっ」

まぁ、当然だけど、思い切り振りかざされた竹刀の上に軽々と着地するおれ。
…ったく、うっとおしいなぁ。

「おのれ早乙女乱馬!!正々堂々と勝負せいっ!…ん???」

九能のやつ、ひょいひょいっと竹刀を避けるおれにイライラしつつ、おれの後ろにいたあかねに気づいたみたいだ。
うーん…まためんどくせぇやつに説明しなきゃなんねーのか?

「天道あかね!!そのマスクはどうしたのだ?!…そうか、そんなに私に会いたかったのかぁぁあっ!!」
「…。」

あかね、おもいっきり脱力した顔してらぁ。
そーだよな。いつものことながら、さすが九能だぜ。

「夏風邪をひいてもなお、この九能帯刀に会いに来るとは…。愛いやつじゃっ!!うれしいぞおおっ!!よし、口づけしよう!!!」

そういいながら、あかねのほうに走っていく。

「だぁぁっ!!やめんかいっ!!!」

思わずそう叫びながら、おれは力いっぱい九能を蹴り飛ばす。
ったく、油断も隙もあったもんじゃねーぜ。

「行くぞ、あかね」

九能が飛んでいった空を見ながら、あかねも、こくり、とうなずく。
なぁんか言いたそうな顔してっけど…なんだ?

「なんだよ?」

そんなあかねの様子に、ついつい話しかけてしまう。
だめだ。こいつが今日はしゃべったらダメなこと、ついつい忘れちまう。

『ありがとう』

あかねが差し出すスケッチブックには、五文字の言葉。
…へぇ。素直じゃねーか。

「おめー…文字で書くと素直なこと言えるんだな」
「…っ!!」

あ、やべっ。

『うるさいわねっ!!』

さっきとは違い、スケッチブックには力強い筆圧で乱れた文字が…。
見ると、マスクで顔がかくれてるけど…それでもわかる。
んなに怒んなくてもいーじゃねぇかっ。




終業式も無事に終えて…帰り道。

いつものようにおれはあかねの横のフェンスの上を歩く。
斜め下を見ると、相変わらずマスク姿のあかねが無言で歩いている。

なんか、この無言の空間が、微妙に居心地悪いのはなんでだ?
こいつの隣が居心地悪いなんてこと、今までなかったのにな。

「なんとかしゃべらずに学校終わったな。あ、返事いいぞ。別に」

とうとうこの無言に堪えられなくって、おれは斜め下を歩くあかねに話しかける。
もちろん、返事なんていらねぇからなってことを付け加えて。

『そうだね』

なのに、あかねはきちんとおれの言葉にスケッチブックで返事をする。
ったく、文字を書くのにも疲れただろうに。

でも、帰ってくる返事が、たとえあかねの肉声じゃなくても嬉しくって、思わずまた話しかけてしまう。

「やっぱ夏風邪かなぁ。おめー、昨日腹出して寝てたんじゃねーの?」
『そんなことないわよっ!』

いつもの調子で話しかけるおれに、スケッチブックの文字がちょっと乱れる。

「ま、今日帰ってゆっくり寝れば治んじゃねーの?もともと頑丈にできてんだしな」
『あんたにだけは言われたくないわよっ!!』

おれの言葉に、まるで口ケンカのようにスケッチブックで返答がある。


…でも、やっぱ物足りねぇな。
いつもの元気な声がねーと、あかねじゃねぇみたいだ。
やっぱり、あかねのあのハリのある声で怒鳴られてこその口げんかって感じがするんだよな。

…って、おれはマゾかよ。

「…のどが痛い以外には大丈夫なのかよ?」

そういえば、一応風邪なんだよな。こいつ、意外と弱いトコあるし…。

『うん。大丈夫』

今度は、スケッチブックの文字が落ち着いている。
んで、続けて文字を書くあかね。

『心配してくれてありがとう』

スケッチブックをおれに見せながら、満面の笑みを向ける。

…っていっても、顔の半分はマスクだ。
だから、目だけなんだけどよ。
でも、目の感じからあかねのいつもの笑顔がおれの頭に浮かんだ。

…おれが一番好きな笑顔が。


「…」


しばらくおれが立ち止まったままだからか、あかねが「どうしたの?」という顔でおれを見る。
ちょっと首をかしげて。

「いやっ、なんでもねーよ。さ、帰ろうぜっ」

やべぇやべぇ。なんか今、ぼーっとしちまったぜ。
…なんか、マスクを取ったあかねの笑顔が早くみてぇ…気がする。


明日には見れるといいんだけどな…。
んで、あの元気な声でおれの名前を呼んでくれるといいんだけどな…。




翌日。
東風先生ののど飴がよく効いたみたいで、あかねののどは完全に治った。
その完治した声で、おれは目を覚ますこととなる。


「乱馬―っっっ!!早く起きないと遅刻するわよーっっっ!!!」







乱馬くんの一人称は難しいです。特に、それで話を進めようとすると、とっても…。
なんか、全体的にまとまりがなくなってしまいました。無駄に長いだけで…。
しかも、ラストもかなり尻切れトンボな感じが否めません。
はぁ…。

で、お題ですが…。
あかねちゃんの声ってかわいいと思うんですよね。っていうか、もう日高さんの声がかわいいし。
だから、乱馬くんはきっとかなりあかねちゃんの声、好きなんじゃないかと(笑)
目が合ったら口げんかの2人だけど、それだけお互いの声聞いてるわけだしね。
逆に、口げんかができない無言の空間はちょっと気まずいんじゃないかなぁーと。
普段、会話がどぎれることなさそうだし(笑)
そんな感じでこのお題は消化させていただきましたv



(05/08/01 作成 ブログにて発表済み分  05/09/14 加筆修正)





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