縁結びのおまもり






「おめでとうございますー」

 あまり人気がない赤い鳥居をくぐった乱馬の目の前に、色とりどりのクラッカーが派手な音をたててはじける。
 そして同時に、鳥居の両端から一休さんのような格好をした幼い小坊主が二人、駆け寄ってきた。
「なっ……なんだぁ??」
「あなたは当神社の記念すべき5000人目の参拝者ですー」
「おめでとうございますー」
 そういうと、小坊主は二人して乱馬の周りをぐるぐると回る。
 その姿、うっとおしいことこの上ない。
 微妙にテンションが低いもの気になる。
「どーしたんだよ、乱馬」
「またへんなもんにモテてるなー」
 少し遅れてやってきたクラスメイトのだいすけとひろしは、気持ちいいまでに晴れ渡る秋の青空の下、いつもの赤いチャイナ服を着て鳥居の真ん中に突っ立っている乱馬を見て小さくため息をつく。
「おめーらなぁっ!!」
「おおー…。よ……よぉこそおこし……くださいましたぁ〜」
 ひろしとだいすけに食って掛かろうとした乱馬の背後に、弱々しい足取りで1人の住職が出てくる。
「あ、お師匠様ー」
「お師匠様、この方が5000人目ですー」
 その住職の姿を見つけた二人の小坊主は、そういってちょこちょこっと乱馬のそばから離れて住職の両隣に控える。
「んだよ。じーさん。……大丈夫か?」
「ふぉっふぉっふぉ……心配ご無用……がはっ。ようこそ…いら…っしゃいましっがほっ! ごほっごほごほごほっ〜」
 乱馬の顔を見て次なる言葉を続けようとした住職は、自らの言葉にのどを詰まらせて、しばらく激しく咳き込む。
 その住職の背中をさすりつつ、二人の小坊主は乱馬を見上げる。
「……おい、大丈夫なのか? この住職」
「ああ。相当三途の川を行ったりきたりしてんな?」
 その様子を少しはなれたところから見ていただいすけとひろしは、完全にヒトゴトだ。
 もとはといえば、乱馬はひろしの恋愛成就に無理やり付き合わされた形でこの神社にやって来たはずなのに……。
「おめーらなぁ……他人事みたいに言ってんじゃねぇよ」
「だってよー。こいつら乱馬のことしか見てないぜ?」
「そうそう。なんか5000人目がどうとか言ってたよな」
 ま、俺たちには関係ねーよなー。などといつものようにすっかり赤の他人顔だ。
 こういう厄介ごとは大抵乱馬の頭上に降りかかるようになってんだよ、とでも言いたげな雰囲気である。
「ふぉっふぉっふぉ……。いやいやご迷惑を……おかけ……したの〜。おぬしが5000人目ということなのでな……ごほっ……うちの神社の特製おまもりをやろうと……げほっげほげほっ……思ったんじゃよ〜…がほっ」
「そうなのですー」
「うちの特製おまもりはとてもご利益あるのですー」
「おまもりだぁ?」
 相変わらず咳き込んでいる住職は、げほげほと言いながら懐から何か小さなひものようなものを取り出す。
 紅白の色が重なり合ったそれは、赤と白のひもを合わせてゆるく結んだようになっている。
 それが……二組。
「さぁ……ごほっ、どうぞお受け取りくだされ……ごほごほっ。う〜げほっ」
「……なんなんだよ、これ」
「うちの神社で一番の縁結びのおまもりじゃ〜うっごほごほっ」
「えんむすびぃ?」
「そうですー」
「あなたとあなたの好きな人の縁を結ぶものですー」
 震える手で渡された紅白のひもをじぃっと見ていた乱馬は、そのままそれを住職に返す。
「いらねー」
「なっ……なんという〜ごほっ。なんということを〜」
「別にんなもん必要ねーよ」
 よよよ…と泣き崩れる住職に困った顔をしつつ、乱馬はぽりぽりと頭をかく。
 その様子を見ていた小坊主二人は、乱馬を見上げて口々にとんでもないことを言い出す。
「でもあなたは好きな人いますよねー」
「しかも好きなくせに素直になれませんねー」
 そういって二人で顔を合わせてニタリ、と笑う。
「なっ……なにいってやがるんでいっ! んなもんいねーよっ」
「ふぉっふぉっふぉ……ごほっ。それならばより一層必要と……げほっ。言うわけですなぁ〜」
 そういって住職は再度乱馬の手の中に二組のひもをにぎらせる。
 紅白のひもは、しぶしぶ乱馬の手の中に押し付けられることとなる。
「それを好きな人に渡してくださいー」
「あなたと好きな人、それぞれ一組ずつ持つのですー」
 それではー。しっかりしなされよ〜ごほごほっ。
 ほぼ一方的にそういい捨てて、年寄り住職と小坊主二人組みは神社のほうへと消えていく。
 残された乱馬は、思わず手の中の紅白のひもを見てため息をつく。
「よっ! 結局もらったのかよ? らーんま」
「よかったじゃねぇか、あかねにやるんだろ? それ」
 事の成り行きを完全部外者として見守っていただいすけとひろしは、そう言いながら乱馬のそばへと寄っていく。
 そして、乱馬の手のひらの紅白のひもをみてひろしが一言。
「いいなー……ここのおまもりってマジでご利益あるんだぜ?」
「んだよ。んじゃひろしにやるよ」
「だめだめ。こういうのはちゃんと自分で使わなきゃご利益ねーんだからよ」
「そうそう。観念してあかねに渡せって。な?」
「…げっ?! なんでそこであかねが出てくんだよっ!!」
 だいすけのその言葉に、乱馬は一瞬間を置いて激しく否定する。
 そんな乱馬の様子を冷めた目でみながら、ひろしとだいすけは乱馬を置いて先に神社を後にした。




「ただいまー」
 だいすけとひろしと別れた乱馬は、結局紅白のひもを手に持ったまま、天道家の玄関を開ける。
 そして、居間に向かいながらそのおまもりを手のひらで転がす。

 ったく…なんでこんな女みてーなもん俺が持たなきゃなんねーんだよ。

「あーら乱馬くん。それって学校の近くの神社の縁結びのおまもりじゃない」
 居間でテレビを見ながら煎餅をかじっていたなびきが、居間に入ってきた乱馬が持つ紅白のひもを目ざとく見つける。
 そして、その表情が瞬時にからかいのものに変わる。
「へぇ……乱馬くんってば意外とかわいいところあるのねー」
「なんだよ」
「それ、一つあかねにあげるんでしょ? やーね、なんだかんだいってあかねのこと好きなんだから」
「んなんじゃねーよっ! これはたまたまもらっただけでいっ」
「ふーん。そーなんだ。じゃああげないのー?」
「あったりまえだ! こんなもん別にいらねぇよ」
 そういって紅白のひもをテーブルの上に投げ出して居間を出て行こうとする乱馬に、なびきはいつものトーンでぼそりととんでもないことをつぶやく。
「いーの? この縁結びのおまもりって、ちゃんと扱わないと結ばれるはずの相手とも結ばれなくなるんだけど?」

 ――結ばれるはずの相手とも結ばれなくなる。

 それは乱馬にとってもちょっと聞き捨てならない一言だった。
「それってマジかよ?!」
 慌てて居間に引き返して、テーブルを挟んでなびきの向かいに座る。
 二人の間には邪けんに扱われた紅白のひもが二組。
「え? 私なんか言ったかしら?」
「〜てめぇ……っっ! さっき言っただろーがっ!!」
「あーあ。そーね、そういう話を聞いたことがあるって言うだけよー。でも乱馬くんには関係ないんでしょー?」
「……っっっ!!」

 ――と、その時。

「ただいまーっと……あれ? どーしたのよ、二人とも」
 乱馬となびきが一触即発の状態となっていた居間に入ってきた制服姿のあかねは、二人の顔を交互に見ながら首をかしげる。
 そして、その視線がテーブルにある紅白のひもの上で止まる。
「あーっ! これって学校の近くの神社のおまもりじゃないっ!! え? おねえちゃんが買ってきたのー?」
 そう言いながらあかねは飛びつくようにそのひもに手を伸ばす。
「これ、すっごいご利益あるんだってー。……やだ、なびきおねえちゃんってば、誰か好きな人でもできたの?」
「違うわよ。それは乱馬くんの。私がそんなもん買うわけないでしょーが」
「ふーん。それもそっか。……でも乱馬が? なんで?」
 きょとんとした顔であかねは紅白のひもを手に乱馬の顔を見る。
 一方乱馬は……というと。
 あかねの視線から逃れるためにひたすら庭を見ていた。
 しかし、そんな乱馬の努力もむなしく、あかねは乱馬に詰め掛ける。
「ねぇ。乱馬―? あんたどーしたのよ? めずらしいわねー」
「うるせぇなー。どーでもいいだろ? んなこと」
「だって、乱馬とおまもりって全然結びつかないんだもん。ねぇ、なんで?」
「だぁぁっ! うるさいってぇのっ!! そんなに欲しいならやるよっ」
「なっ……別に欲しくないわよっ。 ちょっと不思議だったから聞いてみただけじゃない」
「あーそーかよっ! んじゃおめーになんかもうやらねぇよっ!!」
「ふんっ! そんなものいらないわよっ!! 何よっ。乱馬のばかっ!」
 そういい捨てて、あかねは持っていた紅白のひもをテーブルの上に叩きつけ居間を後にする。
 そのあかねの後姿を見ながら、乱馬は小さくため息をつく。
「へんっ。こんなもん単なるまじないじゃねーか。誰が信じるかってぇの」
 テーブルの上に残された少しくたびれた紅白のひもを見て、乱馬は小さくそうつぶやいた。



 なによなによなによっ!!! 乱馬のばかーっっっ!!

 激しい足音を立てて二階にある自室に入ったあかねは、心の中でそうつぶやくと手に持っていたカバンを思い切りベットへと投げつけた。
「ふんっ! なにもあんなことで怒ることないじゃないっ」
 そう叫んで、自分もベットの上に仰向けに倒れこむ。
「……でも、縁結びのおまもり……なんだよね。あれ。乱馬のヤツ……誰にあげるつもりなんだろ」
 そうつぶやいたところで、部屋のドアがノックされる。
「あかねー? 入るわよー」
 そういってドアを開けたのは、先ほど居間で乱馬と一触即発になっていたなびきだ。
「なびきおねえちゃん……。なんか用?」
「あんたねー。もうちょっとかわいくなれないわけー?」
「なによっ。別にかわいくなくたっていいもん」
 ベットの上に座りなおしたあかねを見て、小さくため息をついてなびきはあかねの勉強机の椅子に腰掛ける。
「あかね? あの縁結びのおまもり、もらってあげなさいよ」
「なんでよ。乱馬がやらないって言ってるんだからいいじゃない」
「ばかねー。アレがあの男の本心だと思ってるわけ?」
「……そりゃ……そうだけどさー」
 確かに、あかねは乱馬のあの言葉が本心だとは思っていない。
 小さな口げんかから発展して、最後には心にもないことを言い合うのがあかねと乱馬のいつものケンカのスタイルなのだ。
「あんたも知ってるでしょ? あのおまもり、手に入れた者が粗末に扱ったら罰が当たって結ばれる人とも結ばれなくなるってこと」
「……それは知ってるけど」
「ならもらってあげなさいよ。意地張ってないで」
「だって……。先にケンカしかけてきたのは乱馬なんだし」
 そう言いながらあかねはうつむいてぶつぶつと何かつぶやく。
「ま、所詮神頼みだからいいんだけどねー。でも、あの3人娘があの縁結びのおまもりのこと知ったら、どーなるのかしらね?」
「……まっまさかおねえちゃん?!」
「なによ? 別に私は何も言わないわよ? でも、どこから情報が漏れるかは知らないわよー」
 それだけ言い置いて、なびきはあかねの部屋を後にする。
 残ったあかねの脳裏に、乱馬を取り巻く3人娘の顔がよぎる。
 そういえば、以前縁結びの鈴だのなんだの言いながら、シャンプーは乱馬に特大の鈴をプレゼントしていたっけ。
 縁結びのひもを乱馬とシャンプーが二人で大事に持つ姿……。

 ――そんなの絶対に嫌だ!!

 そんなことを考えていたあかねの耳に、再度ドアをノックする音が。
「何よー。さっきの話ならもういいからねっ!? ……へ? 乱馬??」
 自分の想像を振り払うかのように頭を振ってから、あかねは勢いよくドアを開ける。
 すると目の前に、先ほど口げんかをした許婚の顔。
「なんなんだよ。さっきの話って?」
「な……なんでもないわよ。……なんか用?」
 仏頂面で部屋の入り口に立つ乱馬はあかねのその言葉に無言で自分の右手を突き出す。
 その手のひらの上には一組の紅白のひも。
「……え?これ」
「やるよ。他にやるやつ思いつかねーしな」
「ら……乱馬」
「べっ……別に縁結びだからだとかそんなんじゃねーからなっ! ただ……こういうのって粗末にすると寝覚めがわりぃじゃねーか。そ…それだけだからなっ!」
 乱馬のその言葉に、思わず感動しそうになっていたあかねは瞬時にむすっとした顔に変わる。
 そして、乱馬の手から紅白のひもを乱暴に奪い取る。
「……わっ、わかってるわよっ! どーせ乱馬は私との縁なんてどーでもいいんだもんねっ」
「なっ!! んなこと言ってねーだろうがっっ!!」
「言ってるじゃないっ!!」
「〜っっっ!! ほんっっとにかわいくねーなっ!!」
「かわいくなくて悪かったわねっ!! あんたこそもうちょっと素直に渡せないわけー?!」
「なんだよ。いいじゃねーか、ちゃんと渡したんだからよっ」
 そこでお互い一瞬言葉を詰まらす。
 気がつけば、またいつもの痴話げんかがはじまっている。
「……まぁよ。一応縁結びのおまもりらしいからよ。失くすなよなー」
「わ……わかってるわよ。あんたこそどこかに落としたりしないでよね」
「落とすかよ」
「どーだか」
「なんだよ」
「なんでもないよーだ」
 そこで一呼吸おいて、あかねは自分の手のひらの紅白のひもを見る。
 好きな人との縁を結ぶ、縁結びのひも。
 なんだかんだといいながら、それを乱馬は自分に渡してくれたのだ。
「……ありがとうね。乱馬」
「お……おう」
 ちょっと鼻の頭を赤くしてそう答えた乱馬は、じゃあな、と言い残して下へと降りていく。
 その後姿を見送ってから、あかねはゆっくりと自分の部屋のドアを閉める。
 手の中には、紅白のひも。
 乱馬と自分をむすぶ、縁結びのひも。

 ――乱馬から物をもらったのって、初めてだな。

 ふとそんなことを考えながら、あかねはそのひもを勉強机の一番上の引き出しにそっと締まった。




 5000ヒットお礼のフリー小説でした。
 こんな駄文サイトにお越しいただいている全ての方に、感謝の気持ちをこめて書き下ろしてみました。
 テーマは「5000人」と「ありがとう」
 予想以上に早く3000ヒットを迎えた時、次の節目に何かお礼がしたいなー…という思いから生まれたネタです。
(05/11/06 作成)

※現在はお持ち帰り不可です。


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