理由




「はぁ…」

もうすぐ夏本番、という日差しを受けながら、学校帰りの天道あかねは大きくため息をつく。

「ん?どーしたんだよ?ため息なんかついて」
「乱馬…。相変わらず元気ねー」

いつものフェンスの上を軽快なテンポで歩いていた早乙女乱馬が、あかねの様子に気が付いてその場でしゃがみこむ。

「…なんか、バカにしてねーか?その言い方」
「何言ってんのよ。いいなぁ…。なーんも悩みなさそうで」
「…マジでケンカ売ってんのかよ。おまえ」
「そんなんじゃないわよ。はぁぁ…」

乱馬の能天気な顔を見ていると、思わず情けなくなるあかね。

乱馬は普段はこんな調子だが、ひとたび格闘となると誰にも負けない強さを持つ。
確かに乱馬は強い。
あかねの周りの人間で一番強いだろう。
初めて出会ったとき、手合わせした感触からそれはよくわかった。

「(女の子の姿だったけどね…)」
「っんだよーっ。その目。どーしたんだよっ。あ、明日の水泳の授業か?」
「ちがうわよっ!」
「まぁな、カナヅチでずん胴のおめーにはちと酷な授業だよなー」
「うるさいわねっ!!違うって言ってるでしょっ!!もうっ!乱馬のばかーっっっ」

ヘラヘラ笑いながら「カナヅチでずん胴」などと言う許婚を、スクリューアッパーで空の彼方へと飛ばす。

「んもうっ。乱馬がいると考え事もできないんだからっ」

空の彼方へと飛んでいく乱馬を見ながら、あかねは一人つぶやく。

まったく、ほんとにバカなんだから…。



「ただいまー」

天道家の玄関は、道場を兼業していることもあってか、非常に門構えが立派である。
そんな立派な門構えをくぐって、乱馬は身軽な足取りで家に入る。

「乱馬くん、おかえり。おや?あかねは?」
「おお、乱馬。あかねくんとは一緒じゃなかったのかね?」

帰ってすぐ茶の間に顔を出した乱馬を迎えたのは、縁側で将棋を刺しているこの天道家の主、天道早雲と、早雲の友人で居候で乱馬の父親である早乙女玄馬。

「あー?知らねーよ。先に帰ってきんじゃねーのか?」

帰り道に俺を吹っ飛ばしてからすぐに家路についてるなら…な。

「そうかね。でも見なかったねぇ?早乙女くん」
「そうだよねぇ。天道くん」

おかしいねぇ…などといいながら、再度将棋盤に目を移す2人。

「…親父たちって、一日中ここにいんのかよ」

思わず、ボソッとつぶやく乱馬だが、その素朴な疑問は2人の耳には入ってないようである。

「ったく。あかねのやろー、なに道草くってんだよ…」

のんびりと将棋を打つ親父2人を残して、乱馬は自分の部屋へとカバンを置きに行く。

「…なーんか、変だったよな。あいつ。…もしかして、この間のこと、まだ気にしてんのかよ」



その頃あかねは…というと。

「破―っっっ!!!」

一足先に帰宅後、胴着に着替えて一人道場で稽古をしていた。

「とりゃぁっ!!」

以前とは違い、その闘志には鬼気迫るものがある。

「…はぁっ。あーいい汗かいたっ。でも、まだまだだわ」

思い出すのは先日天道道場にやってきた姉妹のこと。
なつめ、くるみと名乗るその姉妹は、突然やってきて天道早雲を「生き別れの父親」だと言い出したのだ。
そのため、真の無差別格闘を継ぐ者は自分たちだ、とも。
結局、姉妹が「父親」だと思い込んでいた人は若き日の八宝菜で、無差別格闘流を継ぐ者を決める戦いに勝ったのは、女らんまとあかねのペアだったのだが…。

だが、あかねはわかっていた。
自分がひとりでは勝てなかったことを。

乱馬があかねの前に現れるまでは、同じ年の女の子に負けることなんてなかった。
いや、同じ年の男の子にだって負けないぐらいの腕を持っていた。
毎朝朝礼までに校門に群がる男どもを蹴散らしていたぐらいなのだから。

それが、乱馬が来てからというもの…。


「このままじゃ、乱馬の周りの人間には全然勝てないんだもん」

同じ年のシャンプーや右京にも勝てない自分が歯痒かった。
乱馬は「無差別格闘早乙女流2代目」という看板を背負って日々鍛えているのに、 同じ「無差別格闘天道流2代目」の看板を背負うべき自分がこんなに弱くなってはいけないのだ。
なつめとくるみの姉妹は、あかねの格闘家としてのたるんだ根性を入れなおすには十分すぎるほどの強さを持っていたのだ。

「もっと、もっと強くならなくちゃっ!!これでも格闘家のはしくれなんだからっ!!」


でも…なんでこんなに弱くなっちゃったんだろう。私。


思わず、ふとした疑問があかねのなかで生まれる。


なんで…?


「あっかねちゅあーんっっっ♪♪」

そのとき、一瞬の隙を突いて八宝菜がどこからともなくあかねにとびかかる。

「きっ…きゃぁぁぁあああっ!!!」
「大丈夫か?!あかねっ!?」

あかねの悲鳴と同時に、自宅のほうから激しい足音と共に現れた、お下げの男の子。

「なんじゃいなんじゃいっ。ちょっとあかねちゃんにこのぶらじゃーをプレゼントしようとおもっただけじゃのに…」
「こんのエロじじぃっ!!紛らわしい現れ方すんなよっ!!おい?大丈夫か?あかね!」
「…う、うん」

見ると、八宝菜を足蹴にしながら、あかねを見つめる優しい瞳。

と、同時にわかったこと。

そっかぁ。そうなんだよね。
なんで乱馬があたしの前に現れてからあたしが弱くなっちゃったのか…。


何かあったとき、必ず乱馬が駆けつけてきてくれるからだわ。
どんな場所でも、どんなときでも。
乱馬は必ず助けてくれる。

だから、私、前より弱くなっちゃったんだ。

「お…おいっ。どーしたんだよ??呆けてんぞ?顔」
「え??そ、そう…??そんなことないわよっ」
「ったく…。ぼーっとしてっから、突然じじぃに襲われたりするんだよっ。気ぃつけろよなっ」
「う…うん」
「へ???」

いつもなら突っかかってくるところであかねの反論がない乱馬。おもわず肩透かしのような状態になる。

「ど…どーしたんだよ?めずらしく素直じゃねーか…」

どきまぎしながら、おそるおそるあかねの顔を覗き込む乱馬。

「う…うん。ありがとうね。乱馬」
「お…おう。…???ま、いーけどよっ。そろそろメシだぜ?」

覗き込んだ先に、にっこり笑顔を見つけてしまった乱馬。思いっきりぎくしゃくしながら、あかねを置いて、道場を後にする。

どーしたんだ??今日のあかね。
なんか、素直すぎるような気がするけど…。
なんだぁ??

後に残ったあかねは、ぎくしゃくと去っていく乱馬の後姿を見ながら、思わず笑顔になってしまう。

そうなんだわ。
乱馬と出会うまでのあたしには、守ってくれる人がいなかったから強くならなきゃだめだったんだ。
だけど、乱馬と出会って、守ってくれることを知ってしまったから…。

「だけどっ!!それとコレとは別問題よねっ。格闘家たるもの、人に守ってもらうばっかりじゃダメだわっ!」


あたしだって、乱馬を守りたいし。


よしっ!と気合を入れて、ヘアバンドを指で弾いて。
あかねは再度稽古に戻った。



その後、夕食まで道場からはあかねの気合の入った掛け声が響いていた。








初めてなんか、ちゃんとしたお話っぽいものができたかも?(…あくまで「っぽい」)

これは、OVAオリジナル「道を継ぐ者」を見て、ふと感じたことを書いてみました。
それはずばり!「あかねちゃんが弱くなったわけ」
アニメでは乱馬くんやなびき姐さんにイロイロ言われていましたが、私の中での真実はこれではないかと思うんですよね。

そう。
「乱馬くんが何があっても守ってくれるから」
だって、やっぱり乱馬くんって、あかねちゃんのピンチには何をおいても駆けつけるし(当然だけどv)
あんな強い乱馬くんが守護神みたいについているなら、どうしてもあかねちゃんは弱くなっちゃうと思うんですよね。
だって、強くなる必要ないじゃん?(笑)
でも、それじゃ嫌なのがあかねちゃんなんですよね。
はー。ほんと、そういう乱あが大好きなんです。はい。



(05/07/26 作成   05/09/09 加筆修正)





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