ドキドキデート 前編






夏休み明けの始業式後。
さゆりたちと教室に戻ろうとしていたとき、後ろからあたしを呼ぶ声が。

「あかねっ!ちょっとお願いがあるんだけど…今日の午後って暇?」
「え?どうしたのよ…っていうか、ひどい声じゃない。風邪?」

振り返ると、そこにはマスクで顔を覆ったクラスメイトのはるかが立っている。
心持ち顔も赤いし…。
熱、あるんじゃない?

「そうなのよー…。たぶん、風邪だと思うんだけどね。で、あかね、今日の午後、あいてる?」
「え?うん。特に予定はないけど…」
「なによー。はるかってば、あかねに頼みごと?」

あたしの肩に手をかけて、さゆりがポニーテールを揺らしながらはるかをのぞき見る。

「うん…。ちょっと、やっかいごとなんだけどー。ここじゃちょっと…」

そういって、はるかはあたしの腕を掴んで人気の少ない階段の裏廊下に引っ張っていく。
もちろん、さゆりとゆかも一緒に。

「あ、あのね…」
「ん?何?」

笑顔ではるかを見ると、はるかってば、意を決したみたいな顔して続ける。

「今日の午後、私の代わりにデートしてくれない?」
「…へ?」

デート?
はるかの代わりに?
なんで???

「ちょっと、はるかってば!あかねには乱馬くんがいるんだよー?」
「そうよー。あかねが他の男の子とデートする、だなんてわかったら…」

…ゆか、なんでそこでコトバ止めるのよ。
まぁね、確かにあんなやつ、関係ないけどっ。

「それはわかってるんだけど…」

そう言って、はるかは事情を話してくれた。
その事情っていうのが…。

「へ?メル友???」
「今日の午後、東京に出てくる??」
「なのに、はるかってば、風邪でちょっとダウンしそう???」

…まぁ、目の前のはるかの調子を見てるとわからないでもないけどー。
さっきよりまた顔が赤くなってる気がするし…。

「ちょっと、はるか。大丈夫??風邪、悪化してきてるんじゃないの?」
「うん…。ちょっと目がかすんできたかも…。だから、あかね!おねがいっ!!」

はるかってば、泣きそうな顔であたしに懇願する。
そんな顔で頼まれてもなー。
…一応、許婚らしきものもいるわけだし。

「ねぇ。さゆりは?今日の午後って、空いてなかったっけ?」
「今日はダメ。午後から隣町の友達と会う予定なんだ」
「ゆかは?」
「私も今日はダメなのよねー。ほら、今日はお稽古教室があるからー」

…そういえば、ゆかってば華道始めたって言ってたっけ。
うーん…。

「あかねぇ」

…あたししか、いないかぁ。
でも…なぁ。

「早乙女くんのことなら大丈夫だから」
「え?なんで?」

はるかってば、あたしのそのコトバににっこり笑顔でどこからかカツラを出す。

「一応、相手と服装とか決めてるの。だから、軽く変装みたいな感じになると思うし…」

…ま、まぁね。確かにはるかは髪型もロングだし。
あたしがはるかみたいな格好したら、きっと乱馬が見かけてもわかんない…か。

って!!別にあんなやつ関係ないんだってばっ!!

「…もぉ、しょうがないなぁ」
「やってくれるっ!?よかったぁぁ!!」

はるかってば、あたしの返事を聞いて、思いっきり抱きついてくる。
で、わかったんだけど…。

「はるかっ!あんたスゴイ熱よっ!早く帰ったほうがいいって!!」




午後2時に、駅前の時計台の下で待ち合わせなの。
相手は、黒のキャップを目深にかぶって、黒色のTシャツにジーンズ。
手に歯磨き粉持ってる人ね。
適当に、話あわせてくれたらいいから。

はるかはぜいぜいと息をしながらこれだけ言って、倒れそうになりつつ学校を後にした。

何で歯磨き粉?
って聞いたら…。

「だって、デンタルメーリングリストで知り合ったんだもん」

…デンタルメーリングリストって、何よ?
ほんと、わけわかんないんだから。

「よしっ!完璧。ちょっとやそっとじゃあかねってわかんないわよ」

駅前のトイレの個室ではるかが置いていった変装一式を身に着けると…。
たしかに、普段のあたしとは180度違う服装になった。

ロングヘアーのカツラでずいぶん印象が変わるんだけど。
服装も、普段のあたしじゃ絶対に身につけないような感じ。
ブーツカットの濃い目のジーンズに、丈の短い白色のTシャツ。
腕にはスポーツメーカーのリストバンド。
リストバンドだなんて、胴着のときにしかつけてないから…。
ファッションでもするもんなのねー。

「女の子って、ほんと身につけるもので雰囲気変わるもんだわー」

ゆかとさゆりが着替え終わったあたしの姿を見て、へぇ〜ってつぶやいてる。
そう?そんなに変わってる?

「あ!そろそろ私も行かなきゃ!じゃあねっ!あかね」

うんうん、ってうなずいていたゆかが、自分の腕時計を見て慌ててトイレを出て行く。
それをみて、さゆりも自分の腕時計を確認して…。

「あら。そろそろ2時よ。あかね」
「え?もう?」
「私も友達との約束に間に合わないから、先に行くねー。…まぁ、適当に話あわせて、適当に帰りなよね」
「うん…」

なんか、代役って嫌なんだけどな。
ばらしちゃだめなのかなぁ。

「まぁ、一応はるかになりきってあげなよね。どーせメル友なんて、顔はわかんないもの同士なんだし」
「うーん…」

…でも、メールやりとりしてたら、性格の違いでわかるんじゃないのかなぁ。
え…よく考えたら、メールでの話題とか出てきたらどうすんのよっ!

「適当に映画でも見て、デート終わらせたらいいんじゃない?どうせ、2,3時間ぐらいでしょ?」
「…そうね。がんばってみるわ」

はぁぁ…。
よく考えたら、乱馬以外の男の子と2人っきりですごすことなんて、ホントに久しぶりなんじゃない。
もう、めんどくさいなぁ。
やっぱり引き受けるんじゃなかったかな。

そんなことをぐるぐる考えながら待ち合わせ場所に着いたあたし。
ため息一つついて、ぐるりと周りを見渡してみる。

…えーっと。黒いTシャツに黒いキャップにジーンズっと。
やだなー。思ったより人が多いなぁ。

っと、アレかな?
後姿だけど、キャップ被って黒いTシャツにジーパン。
手に…歯磨き粉。
あ、そうだわ。あれだ。
…へぇ。意外と身体鍛えてる感じじゃない。
メル友だっていうから、てっきりもっと軟弱な男の子を想像してたけど…。
けっこう強そうだな。
手合わせお願いしたい感じ。

「あの…すみません。そうたくん…ですか?」

はるかのメル友は「そうたくん」って言うらしい。
ハンドルネームらしいんだけどね。
おずおずっていう感じであたしがその人に声をかけると…。

「あ、はい…そうっすけど…」

…ん???
この声って…とってもとっても馴染み深い気がするんですけど…???

で、振り向いた顔を見上げて…。


「…っっっ!!!」


思わず絶句。

「あ…はるか…ちゃん?」

男の子は私の姿をちらりとみて、おずおずっとはるかの名前を呼ぶ。


おいおいおーいっっっ!!!


「えっと…。どうかした??」


どうかしたじゃないでしょーがっっっ!!
あんた、何してんのよっっ!!!

っていうか、おさげは?!
いつものチャイナ服は?!
メル友の「そうたくん」はどこに行ったワケ?!


…あたしの目の前には、お昼に学校で別れた許婚の姿。
しかも、トレードマークのおさげはどうやらキャップで隠して、学校出るときにきていたチャイナ服がなぜかTシャツとジーンズに変わってる…。


で。でっ!!

あんた、なんであたしがわからないわけ???
あたしは声聞いた時点で乱馬ってわかってるんですけど?!

なんのワケがあってメル友の「そうたくん」の身代わりしてるのか知らないけど。
ちょっといつもと違う格好してるからって、許婚のことぐらい声でわかりなさいよっ!!


んもうっ!乱馬のばかばかばかっっっ!!!


「いいえー。なんでもないですー。うふふ。はるかです。よろしくー」

もういいわよっ!そっちがその気なら、こっちだって知らん振りしてやるっ!!

怒りに震えながら、なんとかはるかになりきるあたし。
あーあ。ほんと、泣けてきちゃう。
っていうか、乱馬ってば、なに優しげにこっち見るわけ?
ちょっと、普段のあたしに対しての視線と全然違うんですけどっ!!


「こちらこそ…。で、どうしよっか?」
「そうですねー。映画とか見ません?せっかくの土曜日ですしね」


なにがせっかくなんだか。
自分で言っててよくわかんなくなってきたわ。

はぁぁ。なにげに乱馬と放課後デートなのになー。
って、お互い変装してるようなもんだから、あたしと乱馬のデートじゃないんだよね。
あくまでこれは、はるかとそうたくんのデートなんだもんね。

…ふんっ!ばかばかしいっ。

で、そうたくんはどこにいるのよ。
ほんと、こんなことならムリにあたしが来ることなかったんじゃないの?

「そうだな。んじゃ、あそこの映画館はいろっか?」

乱馬ってば、ちょっと嬉しそうじゃない。
普段、あたしと映画だなんて絶対に行かないくせに。
なんか、積極的だし。

…ほんと、どういうことよっ。












思ったより長くなってしまったので、前編後編に分けてみました。
あとがきは後編で…。

…っていうか、デンタルメーリングリストってなんだよ??
そして…今風の高校生ファッションがわかりませんでした(涙)
普段と違う格好をさせたかっただけなんです…。特にあかねちゃんに。





後編へ
戻る